約 1,718,621 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7913.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 ロマリア大聖堂。 祖王である聖フォルサテの名をとって『フォルサテ大聖堂』とも呼ばれ、トリステイン魔法学院を建築する際のモデルともなった建築物である。 その外観は壮麗かつ雄大で、まさにハルケギニアで広く信仰されているブリミル教の象徴にふさわしいと言えよう。 「……………」 そんな神聖な建築物の地下深く。 ある世界においては『ミルトカイル』と呼称される赤や青の結晶が深く根を張る、暗く湿った空間。 ロマリア教皇、聖エイジス三十二世ことヴィットーリオ・セレヴァレはそこにいた。 対面には彼が『召喚』した『使い魔』である異形の怪物……ヴァールシャイン・リヒカイトが直立している。 「それでは、あなたの負った傷はほぼ完治したということですか?」 「……そうだ……。……これで我は……十全に力を発揮することが……出来る……」 「何よりの知らせです」 ヴィットーリオはにっこりと笑い、自身の使い魔が完調に至ったことを祝福する。 しかし彼のその笑顔も数秒で霧散し、今度は無表情のままで懸案事項について思索を始めた。 「アインストを自由に生み出せるようになったのは喜ぶべきことですが……」 ……これまで幾度となくアルビオンにアインストの群れを出現させたことにより、どれだけの数を出せばヴァールシャインがどの程度消耗するのかは把握が出来ている。 ヴィットーリオの分析では、おそらく限界で三千ほど。 それを超えればヴァールシャインの身体はまた崩壊を始めてしまうだろう。 まあ、これは構わない。 無限に生み出すことが出来たら、万が一暴走してしまった際に歯止めが効かなくなってしまう恐れもある。 自壊させるように命じれば何とかならないでもないが、念のための安全装置は必要だろう。 むしろ数的な制限を早めに見極めることが出来て僥倖、と捉えるべきか。 自軍の戦力については『多過ぎる』ということはないし、アインストが三千体もいれば余程のことがない限りは負けることなどあるまい。 ハルケギニアの国の一つや二つくらいなら簡単に滅ぼせそうである。 もっとも、滅ぼしたいのはあくまでエルフなのだが。 さて、問題は。 「そのアインストの制御……ですね。今のままでは生み出しても無差別に破壊や殺戮を行うだけですから」 そう遠くない将来に自分が始める『聖戦』には、ハルケギニア中の軍事力を総動員させる予定だ。 無論、その中にはアインストも組み込みたいと考えてはいるのだが、組み込んだ戦力が敵味方の区別なく暴れられては困る。 常に暴走しっぱなしの力など、いっそのこと無い方がマシだ。 整然と隊列を組んで……とまでは言わないが、せめてエルフだけを攻撃対象にしてもらわなくては。 「……我らは……人間の識別や選別を行うようには……造られていない。それでも選別を行いたいのならば……我か……あるいは我を通して貴様が……操らねばならない……」 「成程」 使い魔から懸案事項についての解答を貰い、頷くヴィットーリオ。 「ならば、訓練を積んでいく必要がありますね……」 ヴァールシャインと感覚を繋ぎ、念でアインストを操作する。 一朝一夕に出来ることではないだろうが、地道にやっていくしかないだろう。 ……確かに自分の目的は『聖戦』の発動とその勝利であり、可能な限り速やかにそれを果たす必要があるが、だからと言って焦り過ぎてはいけない。 磐石の態勢、万全の備えで臨む必要がある。 何故なら自分の双肩には、このハルケギニアの運命がかかっているのだから。 「……………」 決意を新たにしたところで、ヴィットーリオはまた別の懸案事項に取り掛かる。 「……しかし、トリステインの『虚無』の担い手がこの戦に参戦しなかった、というのは予想外でしたね」 ヴィットーリオが思い描いていた展開では、トリステインの『虚無』の担い手はこの戦に参加するはずだった。 それによって、呪文の一つくらいは覚えてもらう予定だったのだ。 自分の『記録』のように必ずしも戦闘に利用の出来る『虚無』の呪文を修得してくれるとは限らないが、何もないよりは覚えてくれた方が良いに決まっている。 「ふむ」 トリステインの『虚無』に目覚めた人間は、九割がた特定している。 公爵家の三女。 実際に会ったことこそないものの、得られた情報から分析するに間違いなく戦に参加すると思っていたのだが。 「これは若干、軌道を修正する必要がありますか……」 この戦にトリステインの『虚無』が参加しないこと自体は、大した問題ではない。 要は最終的にトリステイン側が勝てば良いのだから、イザとなれば自分が手を出してアインストを出現させればそれで済む。 トリステイン・ゲルマニア連合軍は戦に勝利し、自分はアインスト操作の訓練にもなり、まさに一石二鳥。 今アルビオンで行われている戦については、これでいい。 問題は、トリステインの『虚無』の今後の動向だ。 確か彼女はアンリエッタ女王と幼少の頃からの付き合いがあり、その願いならば一も二もなく引き受けるという調査結果が出ていたはずだったが、彼女はそれを突っぱねた。 これではやがて行われる『聖戦』への参加も拒否されてしまうかも知れない。 アルビオンとの戦を拒否した人間が、『聖戦』に参加する可能性は……『真実』を告げればどうなるかは分からないし、直接話をしたわけでもないので何とも言えないが、決して高くはあるまい。 「トリステインの『虚無』が欠けたまま『聖戦』に臨む、ですか」 あまり考えたくない事態である。 だがどうするか。 素直に説得に応じてくれるくらいなら、最初からアルビオンに向かっているだろう。 洗脳などしたら『虚無』の力の源である『心の動き』が鈍化してしまうかも知れない。 殺してしまって別の人間が『虚無』に目覚めてくれるのを期待する、というのも効率的ではない。 と言うか、これはどうしようもない場合以外は避けたい。 せっかく『エクスプロージョン』という攻撃用の魔法を覚えてくれているし、次のトリステインの『虚無』がそれを修得してくれるとも限らないのだ。 「……………」 ならば彼女の説得が出来る誰かを、こちら側に引き込むか。 しかし女王の命令すら拒否してしまうような人間に対し、誰を味方につければ良いのだろうか? 「……あの少女が逆らえない、あるいはあの少女にとって多大な影響を与える者……」 ヴィットーリオは地下室に備え付けられている本棚をあさり、少女についてのあらゆる情報が記載された紙の束を引っ張り出す。 『虚無』と思しき人間、および『虚無』となり得る可能性のある人間については、生まれや経歴、対人関係、性格などの情報を把握出来るだけ把握していた。 ハルケギニアに6000年以上の長きに渡って根付いているブリミル教、その力の一端と言えよう。 だが、その力を持ってしてもアルビオンの『虚無』についての情報はほとんど掴めていなかった。 その理由はいくつか存在する。 第一に、アルビオンの『虚無』の担い手たる人物が人里を離れて生活し始めた初期の頃には、本人のあずかり知らぬところで担い手の『保護者』が世話を焼き、自分たちに近付く怪しい人間をとにかく片っ端から排除していること。 第二に、担い手はその『虚無』を(当人は『虚無』という自覚はないが)駆使して自分の素性がバレそうになるたびにその相手の記憶を消去していること。 第三に、最近になって担い手に使い魔として召喚された人間が『(本人の尺度では)軽く』情報操作を行っていること。 と、このような理由でアルビオンの『虚無』の担い手についての情報は漏れにくくなっていたのだ。 閑話休題。 「…………む、う」 ヴィットーリオは、少女の情報が記載された紙の束をペラペラとめくって情報を検分しつつ、何か付け入る隙はないかと考えを巡らせる。 だが、どうにも決定的な人物がいない。 ……そもそもアンリエッタの要求を拒否している時点で、彼女の性格や対人スタンスは以前のそれとは変容しているはずなのだから、過去の情報にこだわるのは意味がないのかも知れない。 それでも、何かヒントくらいはないものか……とヴィットーリオは彼女の実家周辺の地図を見つめる。 近所付き合いというわけでもないにしろ、既知の人間の言葉ならば少しは心を動かされる可能性もあるからだ。 そして。 「む? これは……」 公爵家の広大な領地。 その土地に寄りそうようにして存在する小さな領地に、ブリミル教の若き教皇は目を付けた。 「……何の用だ、シュウ・シラカワ」 「いえ、特には。強いて言えば、あなたの様子を見に来た……というところでしょうか」 ユーゼスはいきなりやって来た来訪者へと怪訝な顔で問いかけたが、その来訪者はあくまで涼しい顔のまま答える。 相変わらず読めない男だ……などと思いつつ、ユーゼスは更に問いを重ねた。 「私の様子を? 何のために?」 「あなた自身はともかく、少なくとも私のいた世界では『ユーゼス・ゴッツォ』と言えば極悪人の代名詞のようなものでしたからね。その同存在であるあなたに注意を払うのは当然でしょう?」 「……確かに」 仮にこの世界に宇宙刑事や光の巨人が存在していれば、ユーゼスとて干渉はしないまでも動向を見張るくらいはしているはず。 ましてやそれが自分の手の届く範囲にいるのなら、尚更だ。 つまりシュウの行動は当然と言えるのだが……。 「いい気分はしないな」 「それはその通りだと思いますが、しかしあなたにだけは言われたくありませんね、ユーゼス・ゴッツォ」 「……………」 自分の過去の所業を振り返るに、返す言葉が見つからない。 しかし『表舞台には出ず、裏から色々と手を回してきた』と言うのなら、確かこの男もそうではなかったか。 「ともあれ私はあなたに対して警戒はしていても、特別に危険視しているというわけではありません。……極端な話、あなたが何をたくらんで何をしようとも、私に干渉してこない限りは構いませんし」 シュウはそこで一端言葉を区切り、目を細めてユーゼスを見る。 そして『ある事柄』を自覚させるため、あらためて宣言を行った。 「―――もっとも、私に対してわずかでも危害を加えようと言うのならば、その時は容赦しませんが……」 「……分かっているつもりだ」 ユーゼスとしても、シュウと事を構えるつもりはない。 この男の存在は、少なくとも自分の手には余るのだ。 これは別に『絶対に勝てない』という意味ではないし、上手くすれば出し抜くくらいは出来るかも知れない。 だが、出し抜いたとしても手痛い報復を受けるのは間違いあるまい。 『周囲から天才と認定されただけの人間』と『本物の天才』との差、とでも言おうか。 とにかく勝てる確率は、限りなく低い。 もっとも、シュウ・シラカワとて自分から敵を作るタイプではないようだし、変に利用しようとしたり危害を加えたりしようとしない限り大丈夫だとは思うが。 さわらぬシュウ・シラカワにタタリなし、というやつである。 「……それで、お前は私の様子を見に来ただけなのか?」 「いえ、本来の用事はこちらの学院に勤めているミス・ロングビルを迎えに来ることでしたからね。あなたに会うのはついでのようなものです」 「ミス・ロングビル? ……ああ、そう言えば以前の一件で親しげに話していたな」 シュウもこのハルケギニアで活動するための足がかりくらいは持っている、ということだろう。 それが自分のいる魔法学院の職員だったという点が少々引っ掛かりはするものの、ここは気にしないことにしておく。 「そういうわけですので、ご婦人を待たせないためにも私はこのあたりで失礼させていただきます」 「……………」 無言でシュウを見送るユーゼス。 別にこの男に対して執着や因縁があるわけでもないし、それこそ手を出すつもりもないのでアッサリしたものである。 「ああそうだ、『ご婦人』という言葉で思い出しましたが……」 と、ドアを開けて部屋から出る直前になって、シュウはユーゼスの方を振り向いた。 その顔には、何かのたくらみ……と言うかイタズラを思いついたような微笑が浮かんでいる。 「……何だ?」 「日頃お世話になっているご婦人には、何かをしてさしあげた方がいいと思いますよ」 「?」 「余計なお世話かも知れませんがね。それでは」 バタンとドアを閉め、退室するシュウ。 後に残される形となったユーゼスは、今のシュウの言葉を反芻し……。 「…………何が『余計なお世話』で、そしてそれがなぜ私の周囲にいる女の話に繋がるのだ」 『それ以前の問題』について思案を巡らせる。 ―――さしものシュウ・シラカワと言えども、この男の鉄骨入りの鈍感ぶりまでは予測しきれないようであった。 翌日。 「ユーゼス、荷物は詰め終わった?」 「完了している。あとは機体に火を入れるだけだな」 「よろしい。それじゃ準備なさい」 「了解した」 ルイズとユーゼスはラ・ヴァリエールに一時帰郷するべく、発進準備の済んだビートルに荷物を詰め込んでいた。 なお帰郷の理由は周知の通り、魔法学院が閉鎖されてしまうためである。 「はあ……。まったく、いくら戦の真っ最中とは言え、慌ただしいったらないわね」 そんな主人と使い魔の様子を、エレオノールは不満そうな顔で眺めていた。 その不満の理由は、 「……アカデミーに戻ることになってユーゼスとの時間が減るのがそんなに嫌なんですか、姉さま?」 「なっ……! どっ、どうしてそういう話になるのよ!?」 妹によって限りなく図星に近い指摘をされ、多いにうろたえる11歳年上の姉。 「どうしても何も、わたしはただ見たままを思いついたままに喋ってみただけですけれど?」 「ぬ……、き、貴婦人たるもの、そのような思慮の浅いことは……。……?」 その時、エレオノールは妹の変化に気付いた。 ―――おかしい。 ルイズの雰囲気が違う。 劇的では決してない。 だが、『僅か』とか『少し』とか言うほど小さくもない。 「?」 はて。 見た目は全く変わっていないはずなのに、何だか、こう、自分の知り得ない未知の要素がプラスされているような。 そんな気がする。 それに、こんな風に自分をからかうようなことを言うなんて、これまでのルイズからしてみれば信じられないことだった。 年が明ける前は何かにつけて自分に張り合ってきたが、今はそれも随分と大人しくなっているようだし。 いくらユーゼスの影響があるとは言え……いや、むしろユーゼスの影響があるのならこんな風になったりはしない。 「???」 「……どうしました、エレオノール姉さま? わたしの顔に何かついてます?」 「い、いいえ、何も」 これまでに片思い程度は幾つかあれどマトモな恋愛経験ゼロ(現在進行形が一つあるが)、つまりマトモな失恋経験もゼロな28歳のアカデミー主席研究員はそんな妹にひるみつつ、しかし圧倒はされまいと気を引き締めた。 ちなみに年が明けたので、ハルケギニアの住人は自動的に年齢が一つプラスされている。 「ん……ゴホン」 気を取り直し、エレオノールはルイズに向き直ってからいたわるように話しかけた。 「……ルイズ、もういいの?」 「は? ……もういいって、何がです?」 「えぇと……何だかよく分からないけど、ここのところ塞ぎ込んでいたでしょう? 部屋からもほとんど出て来てなかったし、何か余程のことがあったのかと思ってたんだけど」 遠回しに『あなたのことが心配だったのよ』と伝えてくる長姉に対して、ルイズは苦笑しつつ『結果だけ』を話す。 「ん……、そうですね。自分でも呆れるくらい泣きまくって、言いたいこと言ったら意外にスッキリしちゃいました」 「え? あ、ああ、そう……」 事の発端も途中経過も全然知らないのでよくは分からないが、とにかく自己解決したらしい。 もしかしたら雰囲気が変わったのは、その件に関係があるのかも知れないが……。 (う~ん……) 何なのだろう。 あまり深く首を突っ込むことではないとは思うものの、何となく気になってくる。 女が一晩で劇的に変化する、何か。 (……まさか) ―――いや、いくら何でもそれはない。 魔法学院には女しかいなかったのだし、第一、男がいたとしてもあのルイズがそう簡単に許すとは思えない。 ………………許しそうな人物に一人だけ心当たりがないでもないが、ルイズは自分の使い魔さえもシャットアウトしていたのだからそれもないだろう。 でも、万が一そんなことになっていたら。 自分は比喩とか冗談とかを抜きにして、その『心当たり』である銀髪の男を殺してしまうかも……。 (って、それはないか) 個人的な感情を極力殺して見てみても、二人の間にはそういう雰囲気はない。 そうなっていたら『相手』の方はともかく、ルイズの方の変化がおかしいからだ。 ルイズの、少なくとも元の性格は分かっている。 要するに自分の縮小版みたいなものである。 だったら、もし自分が彼と『そういうこと』に、なっ……たと、……して………………。 「――――――――――っっ!!!!」 エレオノールの顔が、物凄い勢いで真っ赤になった。 シミュレーションした自分のリアクションと、ルイズの今の様子を照らし合わせようとしたのだが、その前段階でとんでもないことを考えてしまったためである。 「……っっっ、っ、~~~!!」 うつむいて顔を押さえるエレオノール。 と、そこに、様子がおかしいことを察したユーゼスがやって来た。 「どうしたのだ?」 「さあ?」 ユーゼスの問いに、やれやれと言った感じで答えるルイズ。 「どうせ姉さまのことだから、何か変なことでも考えたんじゃないの?」 「なっ、ナニって!?」 「……何を言っている、エレオノール」 「うぐぐ……!!」 ナニかを喋れば喋ればほど、考えれば考えるほど墓穴を掘っていきそうな気がする。 (お、落ち着きなさい、エレオノール……) すぅ……。 ……はぁ。 エレオノールは深呼吸して気を落ち着かせようとし、ついでに自己暗示を試みる。 まあ待ちなさい、私。 冷静になるのよ。 ただ想像しただけでこんなになるんじゃ、いざ実際に……いやいやいや。 とにかく、私、冷静に。 私、うろたえないで。 私、落ち着いて。 私、自信持って。 私、余裕たっぷり。 私、貴族。 私、名門ラ・ヴァリエール家の長女。 私、アカデミーの主席研究員。 ついでに私、綺麗。 凄く綺麗。 ハルケギニアで一番綺麗。 ルイズもカトレアも何のその。 「……よしっ」 一体何が『よし』なのか自分でもいまいちよく分からないが、とにかく頷いて気を取り直すエレオノール。 と、その時。 「あれ?」 エレオノールはふと何かに気付いて、周囲を見回した。 だが何もない。 ……いや、そもそも自分は一体何に気付いたのだろうか。 首をかしげて今の感覚を思い出そうとするが、そこに妹から声をかけられる。 「姉さま、少しは落ち着いてください」 「…………言うようになったわね、ルイズ」 「おかげさまで」 「エレオノールの様子が安定しないのはいつものことだと思うが」 「うるさいわね」 まあいい。 どうせ何か小さい物音が自分にだけ聞こえたとか、あるいは空耳とかだろう。 気にする必要もあるまい。 「それじゃ二人とも、あとでヴァリエールの屋敷で会いましょう」 「はい。エレオノール姉さまもお気をつけて」 「ええ」 そしてエレオノールはルイズからユーゼスの方に視線を移し、一瞬、彼と視線を絡ませて。 「待っている」 「ええ、待っていなさい」 「フッ……」 「ふふ……」 一言ずつの言葉と、少々の笑い声を交わすと、ユーゼスは踵を返してビートルに乗り込んでいく。 ルイズもそれに付いていく形で乗り込んでいったが、そのときに聞こえた、 「……あ~……ったく、やってらんないわ……」 という呟きは何だったのだろう。 ルイズが乗り終わると乗降口の扉が閉められ、それから10秒もしない内にプラーナコンバーターを動力源としたビートルは飛び立ち、物凄いスピードでラ・ヴァリエールの方角へと消えていった。 それを見送り終わると、エレオノールは学院の正門前に待たせてある馬車へと足を進める。 「さてと」 まずはアカデミーに戻って、溜まっているであろう仕事を片付けなくてはならない。 何せ三ヶ月も空けていたのである。 仕事の量にもよるが、しばらくは実家に戻れそうになかった。 <……………………> <……あれだけ接近している状態でもユーゼス・ゴッツォに気付かれないのであれば、問題はないな……。 あとはタイミングを見計らって、あの女の意識に接触すればいい……> 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6125.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 ある時は仮面の男と協力し、またある時は仮面の男と敵対した人物。 彼は『肉体が死に瀕している』というきっかけによって因果の鎖から解き放たれつつあり、それゆえに仮面の男の勧誘を受けていた。 「お前は因果律の呪縛から解き放たれた。もう、あの世界に未練はあるまい」 「………」 「準備は全て整った。私と来い。そして共に千年王国を築くのだ」 「……フ、フフ……断る。貴様の目論みは分かっておるわ」 「何……?」 「貴様の創ったデビルガンダムは……巨大な容器……。そう、光の巨人の力を満たすためのな……」 「………」 「貴様は、地球圏の支配など欲しておらん……。いや、すでに地球のことなぞ、どうでも良くなっておる」 「………」 「貴様の目的は……光の巨人の力を我が物にすることだ……」 病魔に冒された危うい身体で、それでも自らが育てた弟子と戦い抜いた武術の達人。 彼は死の淵にありながらも、満足そうに男の勧誘を跳ねのける。 ……ぜひ自分と共に歩んで欲しかったが、無理強いは出来まい。 そのようにして強引に傘下に入れた人間など、役に立つとは思えない。 「貴様……神にでもなるつもりか……?」 「……他人の目には神の姿として映るかも知れん。だが……」 「貴様の業は……我が弟子とその同胞たちが、必ずや打ち砕くだろう……。 フ、フフ……今思えばトレーズ・クシュリナーダめ……これを見越してワシを過去へ送りおったのか……」 「さらばだ……東方不敗マスターアジア……」 ―――男は名残惜しさを感じつつ、彼に永久の別れを告げた。 そして、場面は転換する。 「そう。私の研究対象とはウルトラマンなのだ。 ……彼らの力を我が物とすれば、私は私という存在を呪縛する因果の鎖から解脱することが出来る。 忌まわしい過去も、呪わしい未来も関係ない」 「………」 「もう、■■■■■■■■■という器に縛られることもない」 (あれ?) 夢を見ていて、今までになかった雑音が混じった。 この男の名前が明らかになる―――と思ったのに、肝心のその部分がボヤかされてしまったのである。 (何で……?) ルイズの疑問に構わず、夢は進んでいく。 「私は全てを超越する……その先に何があるか不明だが……。 それは『超えて』から確かめればよい」 「たった……それだけのために……お前は、デビルガンダムをこの星に送り込んだのか!?」 「そうだ。この数百年……光の巨人は新西暦155年の地球にしかその姿を現していない。 そして、新西暦155年こそがカラータイマーを手に入れる絶好の機会……」 自分の思惑を大きく外れて動いてしまった、青い髪の複製人間に自分の目的を告げる。 そのために『彼ら』の力を欲した。 そのために時を超えた。 そのために……仮面で素顔を隠した。 元より理解などは、求めていない。 「貴公は私の良い右腕になると思っていたが……どうやら相容れぬ存在だったようだな」 「残念です」 再び場面は変わる。 仮面の男は、対峙している人物に対して最終確認を行っていた。 「……最後に問う。私と来る気はないか?」 「私は戦いという行為の解答を見つけなければなりません。 そして、それはネオバディムが敗者を演じることによって導き出されることでしょう」 「……私もかつては敗者だった。だが、敗北は人に屈辱と狂気しか与えない。この私のようにな……」 「あなたは純粋すぎるのだ……」 男が知る限り、最も高潔な精神を持つ人間。 良きパートナーとして共に歩めると思っていたが、彼は彼自身の道を進み続けると決意していた。 ……どうしても欲しい人材に限って男の勧誘を跳ね除け、またそのような者だけが男の内面を読み取ることに、男は苦笑する。 「フッ……。果たして君たち地球人が敗北から勝利を、そして未来を見い出せるのか?」 「後の歴史がその答えを出すでしょう」 「使い古された言葉だが、今はそれが最もふさわしいか…」 (………むぅ) 『夢』の初期には、おそらく仮面の男の若い頃なのだろう同じ声の人物が馬鹿みたいに笑ったりもしたが、何だか自分の使い魔と人格的に食い違いがあったので、違和感を感じるだけだった。 だが、こっちの『年を経た男』の方は、自分の使い魔のイメージに近いのでより現実味がある。 (何よ、もう……) そしてこの男の声と喋り方のトーンで、薄くだろうが苦笑だろうが、笑い声が出たことにカチンと来た。 だって同じ声の自分の使い魔は、自分に対して一度だって笑ったことなどない。 ―――そりゃあ、自分だって使い魔に笑いかけたことはないが。 (……でも……) それはさておき、夢を見ている自分にとって明らかに理解の出来ない言葉が、登場人物の口から発せられていた。 敗北から、勝利と未来を見い出す。 どういう意味なのだろう。 この仮面の男は、それを知っているのだろうか……? 「アルビオンが見えたぞー!」 「……んぅ?」 船員の大声で、目が覚めた。 (そう言えば、昨日は船の端で寝てたんだっけ……) ユーゼスたちと合流した後、『船室に余裕がない』ということで毛布を借りて舷側で眠りについたことを思い出す。 周囲を見るとギーシュとキュルケとタバサが寝ていて、空を見ると確かに雲の切れ間から巨大な大陸―――アルビオンが見える。 「ほう、なかなか雄大な眺めだな……」 隣で寝ていたユーゼスも、目を覚ましてその光景を眺めていた。 「……傷は大丈夫なの?」 包帯が巻かれた使い魔の左腕を見ながら、少し心配そうにルイズが問いかける。ユーゼスは相変わらず感情のこもらない声で、その問いに答えた。 「痛みのことを聞いているのなら、それなりに引いてはいる。完治には程遠いがな」 「そう……」 眠りにつく前に、輸送船に積んであった水の秘薬をありったけ持って来させ、その内の半分を直接左腕にかけた(その光景を見て船員やギーシュ、キュルケは後ずさっていた)のだが、やはりそう簡単に治るものでもないらしい。 「じゃあ、包帯を替えましょうか」 「うむ」 ルイズの提案に頷き、ユーゼスは包帯を解き始める。 「白衣も新しいものを購入しなくてはいけないな。左腕の部分が無いのは見苦しい」 「そうね。……アルビオンで売ってるかしら?」 「戦争中の国に、そこまで求めるのはどうかと思うが」 会話をしている間に包帯は完全に解かれ、少々グロテスクな火傷の痕があらわになった。 ルイズは僅かに顔をしかめたが、特に嫌悪を示さずに残った半分の水の秘薬を振りかけていく。 「ぐ……っ」 「やっぱり痛い?」 「……当然だ」 アルビオンに行けば、それこそ戦争中なのだから傷薬もあるだろう。 昼頃には到着の予定だから、着いたらすぐ秘薬屋なり病院なりに駆け込んで、包帯を取り替えれば良い。 「しかし、良いのか? 水の秘薬の代金とて、馬鹿にならない金額だろうに」 「使い魔を見捨てたり切り捨てたりするメイジは、メイジじゃないわ。……いいから、アンタは黙って治療を受けてなさい」 「……了解した、御主人様」 そのままルイズに腕に包帯を巻かれながらアルビオン大陸を眺めるユーゼスだったが、そこで妙なことに気付いた。 「御主人様、質問だ」 「何よ?」 「あの水晶のような物は何だ?」 「水晶?」 疑問符だらけの会話の後、ユーゼスが右手で指差す先を見るルイズ。 その示された先にある浮遊大陸を、よくよく見てみると―――確かに、ところどころに小さく(距離が離れているので、実際はそれなりの大きさなのだろうが)青い水晶のような物がある。 「……何かしら。前にアルビオンに来た時は、あんなのは無かったはずなんだけど」 「最近になって発生した、ということか」 まあそれほど重要視する必要もないだろう、と二人は楽観視する。 そして、ちょうどユーゼスの左腕に包帯を巻き終わった頃、 「右舷上方の雲中より、船が接近してきます!」 鐘つきの見張り台に立っていた船員が、大声を張り上げた。 今度はそちらに視線を移してみると、確かに船が接近している。色は黒、大きさは今自分たちが乗っているものより一回り大きい程度、そしてところどころに大砲が装備されていた。 「軍艦か?」 「もしかしたら、反乱勢……貴族派の船かもしれないわ」 不安そうな顔をするルイズだったが、直後にその不安は的中してしまう。 黒船がいきなり、輸送船の進路に向かって砲弾を撃ったのである。 直後に輸送船は速度を落として停船し、黒船はこちらの船に寄りそい、2つの船がカギつきのロープで繋がれ、あれよあれよという間に、数十人の武装した屈強そうな男たちが船に乗り込んできた。 「空賊だ! 抵抗するな!」 「空賊……ですって?」 黒船から響いてきた大声に、ルイズが眉をひそめる。 いきなり大騒ぎになったので、周囲で眠りこけていたメンバーもさすがに目を覚まし始めた。 「ふあぁ……、なによぉ、もお、うるさいわねぇ~……」 「……もう、アルビオンに着いたのかい? 早いね……って、な、何だね、彼らは!?」 「………」 「モグ?」 目覚めたらいきなり何者かの襲撃を受けていたので、状況が把握しきれていないらしい。 「空賊よ、空賊」 「何ぃ!? お、応戦だ!! ここで船が止められてしまっては、アルビオンに行くことが……!!」 泡を食った様子のギーシュが、バラの造花を取り出して空賊に攻撃を行おうとする。 だが、その行為はタバサとキュルケに止められた。 「多勢に無勢」 「それに、下手にこの中で暴れてごらんなさい。船がバラバラになってお空に放り出される……なんて嫌よ、あたしは」 「ぐ、ぐぬぅ……」 「モグ……」 ガックリと気を落とすギーシュの肩を、ヴェルダンデがポンと叩く。それに感じ入ったのか『ああヴェルダンデ、君はなんて主人思いの使い魔なんだ』、とギーシュは自分の使い魔と抱き合い始めた。 「ギーシュは放っとくとして……。どうするの?」 「大砲で狙いを付けられていて、ミス・タバサが言っていたように多勢に無勢の状況、……加えて敵の中にはメイジもいるようだ」 ギャンギャンと叫んでいたワルドのグリフォンの顔に霞のようなものがかかり、直後に意識を失って倒れてしまった―――そんな光景を見て、ユーゼスは水系統の『スリーピング・クラウド』を使われたと当たりをつける。 「そう言えば、ワルドはどうしてるの?」 「あそこで、船長と一緒に空賊と何か話をしてるけど……アレが空賊のボス? なんだかずいぶん若いわね」 ルイズに問われたのでワルドを探してその状況を説明するキュルケだったが、周囲の構成メンバーと比較して、空賊の頭の年齢が妙に若いことに気付いた。 アレで無精ヒゲがなければ、かなり若く……と言うか、下手をすると幼さすら感じてしまいそうに見える。 「って、何でワルド子爵はあんなにホイホイと空賊の話を聞いてるんだ!?」 ハッと我に返ったギーシュが、メンバー中最強の使い手はこんな時に何をしているんだ、と怒り始めた。 それにタバサは平坦な声で答える。 「元々、この船の風石はアルビオンの最短距離ギリギリ分しか積んでいない。それをカバーするために、子爵は風魔法で船を動かしていた。つまり、子爵の魔法は打ち止め」 「―――タバサ。君の冷静さは立派だと思うが、あまりそう淡々と語られると、時たまではあるが微妙にムカつくよ」 「それほどでもない」 「いや、褒めちゃいないんだがね!!?」 そんなやり取りをしていると、そのワルドや船長と話していた空賊の頭がこちらに気付いて顔を向けた。 「おや、貴族の客まで乗せてるのか」 そのまま自分たちの方に近付き、それぞれの顔を見渡して――― 「……ん?」 その視線がタバサに差し掛かったあたりで、停止する。 「はて……」 そのままタバサの顔をジロジロと見る、空賊の頭。どうやら何かを思い出そうとしているらしい。 「?」 見られているタバサの方も、なぜ自分が注目されるのか分からずに首を傾げる。 そうしてそのまま数秒が経過して、空賊の頭はハッと自分の職務を思い出した。 「こ、こりゃあ別嬪ぞろいだ。お前ら、俺の船で皿洗いでもやらねえか?」 その言葉を聞いたルイズは立ち上がり、キッと空賊の頭を睨みつける。 「下がりなさい、下郎」 「驚いた! 下郎ときたもんだ!」 大声で笑う空賊の頭。 それに激昂したギーシュが、またバラの造花を握ってそれを振るおうとするが、ガン、と足元で何かが叩かれた音がしてそちらに視線を移した。 見るとキュルケが杖を振るい、自分のすぐ横の甲板に打ち付けている。 「落ち着きなさい、ギーシュ。早死にしたいの?」 「し、しかし……」 「……あなただけが死ぬのならまだ良いけど、下手に連中を刺激すれば、あたしたちもこの船の船員も皆殺しよ?」 「ぐぬぅぅぅう~~!」 ギリギリと歯ぎしりしながら空賊の頭に視線を注ぐギーシュ。 それを見た空賊の頭は、フンと鼻息を鳴らすと、 「てめえら、コイツらも運びな。身代金がたんまりと貰えるだろうぜ」 ルイズたち6人を連行するように指示したのであった。 杖と剣と鞭を全て取り上げられ、全員揃って船倉に押し込められた。 ギーシュはイライラしながらオロオロしており、 キュルケは取りあえず壁際に座り込んでノンビリし、 タバサは本まで取り上げられたので退屈そうで、 ワルドは興味深そうに船倉の積荷―――酒ダルや食料袋やら火薬ダルやら―――を観察中、 ユーゼスはどうにか脱出が出来ないものか、と右手で壁を叩いて回り、 ルイズはそんなユーゼスにくっついている。 「……アンタ、怪我は大丈夫なの?」 またその質問か、とユーゼスは思った。この主人は、ことあるごとに自分の腕の状態を聞いてくる。 「何もしなくても軽く痛む。身体を動かすと、響いて痛む。右腕を動かそうとすると、酷く痛む」 「じゃあ、動いちゃダメでしょう!」 「駄目と言うなら、今のこの状況こそが駄目だと思うがな」 「……もう、ああ言えばこう言う!」 そんなやり取りを見て、『何やってるんだコイツら』という視線を向ける他のメンバーたち。 緊迫しているのかしていないのか、微妙な空気が流れ始めていたのだが……。 「おい、飯だぞ」 扉が開き、スープの入った皿を持った、太った男と痩せぎすの男が入ってきて、その空気は霧散してしまった。 スープを受け取ろうとキュルケが立ち上がって手を伸ばすが、太った男はそれを右手で制する。 「……何よ、這いつくばって物乞いでもすれば良いっての?」 「そんな趣味はねえよ。こっちの質問に答えてからだ」 ルイズはその言葉を聞いて、ツカツカと空賊たちの近くへと歩き、そしてピシリと言い放つ。 「言ってごらんなさい」 「……捕まってるってのに、随分と居丈高な……。まあいい、お前たち、アルビオンに何の用なんだ?」 「旅行よ」 「旅行? ……トリステインの貴族が、こんな学生ばっかりで、このご時勢のアルビオンに旅行だって? おいおい、一体何を見物するつもりだい?」 「そんなこと、あなたに―――」 答えることを拒否しようとするルイズだったが、横からユーゼスが口を挟んだ。 「アルビオンで最近、妙な水晶のような物が発見されたと聞いたのでな。研究熱心な御主人様たちは、好奇心を抑えられなくなって直接アルビオンに乗り込もうとしているのだ」 「ちょ、ちょっと、ユーゼス!?」 まさか正直に話すつもりでは……などと思って声を荒げるルイズだったが、使い魔の口から出たのは嘘であった。 ……まあ、デタラメも良いところだけど、一応それで話は通るし―――と、ルイズは閉口してしまう。 (平然と嘘をつくなぁ、この男は……) ラ・ロシェールへの『移動手段』を騙った時といい、よくパッと思いつけるなぁ、などとギーシュは感心していた。 「お前には聞いてねぇよ。しかし、研究ねぇ……」 太った男はいきなり話に割り込んできたユーゼスに睨みを利かせ、その後に何かを考え込む。 その後、女性陣と男性陣に分かれてスープを飲み始める。食器は武器に使われることを警戒してか、金属製ではなく木製のスプーンだった。 その様子を見ていた痩せぎすの男が、楽しそうに言う。 「おめえら、もしかしてアルビオンの貴族派かい?」 一行は質問には答えず、無言でスープを飲み続けている。……正直、スープだけでは腹に溜まらない。 「おいおい、ダンマリじゃ分からねえよ。でも、そうだったら失礼したな。俺たちはその貴族派に協力しててね」 「……じゃあ、この船はやっぱり反乱軍の軍艦なのね?」 「だから『協力』だって言ってんだろ。あくまで対等な関係だよ。……まあ、おめえらには関係ねえか。 で、どっちだ? 貴族派か? 王党派か? 貴族派だったら、きちんと港まで送ってやるよ」 「……っ、誰が薄汚いアルビオンの反乱軍なものですか! バカ言っちゃいけないわ! わたしは王党派への使いよ!!」 あちゃあ、とキュルケとギーシュ、ユーゼスですら頭を抱えた。ちなみにタバサはボンヤリとなりゆきを眺めており、ワルドは無表情に自分の婚約者の様子を見ている。 「わたしはトリステインを代表してアルビオンの王室に向かう貴族なんだから、つまりは大使よ! 大使としての扱いを、アンタたちに要求するわ!」 「ルイズ」 「何よ、ツェルプストー!?」 「あなた、馬鹿? いえ、馬鹿なのね。馬鹿正直に自分の目的を、こんな馬鹿みたいな空賊なんかに明かすなんて、極めつけの馬鹿としか言いようがないわ。 ……そうだ、今度からあなた、『馬鹿』のルイズと名乗りなさいな」 「誰が馬鹿なのよ!? こんな連中にウソついて頭を下げるくらいなら、死んだ方がマシじゃない!!」 「いや、時と場合を選ぶべきだと思うんだけど……」 ギーシュもおずおずと口を出すが、ルイズに眼光を向けられて黙ってしまう。 「―――お前、正直なのは美徳だが、タダじゃ済まないぞ。……頭に報告してくる、一応見張りを強めておけ」 「おう」 痩せぎすの方の空賊が去り、太った空賊が残って常に見張られるようになってしまった。 「……さすがに今のは無いと思うぞ」 「ああもうユーゼス、アンタまで……。フン、良いわよ、そうやって達観してなさい。最後の最後まで、わたしは諦めないわ。 空に放り出されたとしても、地面に叩きつけられる瞬間まで、ロープが伸びるって信じてるんだから」 「『放り出されてからの努力』よりも、まずは『放り出されないための努力』に力を注ぐべきではないのか?」 「それとこれとは別。嘘なんかつけるもんですか、あんな連中に!」 ユーゼスが苦言を呈するが、ルイズは頑として聞き入れない。どうやら譲れない一線らしい。 溜息を吐くユーゼスだったが、そんなルイズの元にワルドが近付いてきて、その肩を叩く。 「良いぞルイズ、さすがは僕の花嫁だ」 「……………」 微笑みながらそう言うワルドだったが、ルイズの表情は複雑そうである。 (妙なタイミングで声をかけてくるな……) 一方のユーゼスは、そんなワルドの行動と言動に関して、ささいな違和感を覚えたのだった。 「頭がお呼びだ」 痩せぎすの男が戻って来て、6人揃って頭とやらの部屋まで通される。なかなかに立派な部屋だった。 上座に座る頭を取り囲むようにしてガラの悪そうな男たちが陣取っており、こちらを見ながらニヤニヤと笑みを浮かべている。 「頭の前だ。挨拶しろ」 しかし、ルイズは気の強そうな瞳で空賊の頭を睨むばかりである。頭はそんな視線を受けて、ニヤッとこれみよがしに笑った。 「気の強い女は好きだぜ、子供でもな。……さてと、名乗りな」 (……何だ、このわざとらしい口調は?) いちいち『~~だぜ』だの『~~しな』だの、集団のリーダーにしては、変な違和感を感じる喋り方だ―――とユーゼスは思った。 まあ、アルビオンの訛りであるとか、荒くれ者は総じてこのような口調だとか言われてしまえば、それまでなのだが。 「大使としての扱いを要求するわ。……そうじゃなかったら、一言だってアンタたちなんかに口を聞くもんですか」 「ふむ……。王党派と言ったな? 何しに行くんだ……って、聞いても答えてくれるようにも見えねえか。 なら、貴族派につく気は―――」 「あるワケないでしょう! 死んでも嫌よ!!」 ピシャリと言い放つルイズ。 ……よく見ると、その身体は小さく震えていた。 (この年で、よくやるものだ……) コンバットスーツで武装した百戦錬磨の宇宙刑事とて、犯罪組織の拠点に乗り込むとなれば命がけだと言うのに……と、ユーゼスは召喚されて初めてこの少女に対して感心の念を抱く。 そんなルイズの様子を見ていた空賊の頭は、 「ふ―――はは、あははははははははっ!!」 いきなり大声で笑い始めた。 「「「「「「?」」」」」」 呆気に取られるルイズたち。 「はは……いや、失礼。まったく、トリステインの貴族たちは気ばかり強くって、どうしようもないな。 まあ、どこぞの国の恥知らず共より、何百倍もマシだがね」 そうして、また大声で笑いながら頭は立ち上がる。 続いて黒髪を『取り外して』(髪はカツラであった)地毛の金髪をあらわにし、同じくヒゲも取り外す。更に眼帯も取り外し、精悍な顔立ちの青年が現れた。 「失礼した。貴族に名乗らせるなら、まずはこちらから名乗らなくてはな」 ニヤついた笑いは完全に消え去っている。それは周囲の空賊たちも同様であり、だらけた空気は一変して直立していた。 「私は、アルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令長官―――艦隊と言っても、もはやこの『イーグル』号しかないが―――まあ、その肩書きよりは、こちらの方が通りが良いだろう」 青年は、その若さに似合わぬ威厳を漂わせながら名乗りを上げる。 「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」 ―――こればかりは6人全員、それぞれリアクションは違えど驚くしかなかった。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7551.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 「……ようやく着いたか」 もうしばらくしたら夜明けという時間帯になって、ユーゼスはトリステイン魔法学院に帰還した。 この銀髪の男は、夕方前のあたりからつい2時間前に至るまで、延々とエレオノールとの間にあった出来事をカトレアに語り続けていたのである。 しかも話が終了したのは『語り終わった』からではなく、『カトレアの体力が持たなくなって貧血で倒れた』からだった。 そしてゼエゼエ言いながら続きを促すカトレアをなだめ、更に寝室まで運んでベッドに寝かせるのに更に30分を費やした。 ちなみにその際、 「汗も随分とかいているな」 「え、ええ……まあ……。でも、このくらいは……慣れっこですから」 「……冬に汗まみれのままで眠れば余計に体調を崩すぞ。ただでさえ寝不足なのだから、汗のふき取りや着替えくらいはするべきだと思うが」 「そうしたいのは、やまやまなんですけど……。ちょっと、そんな……余裕も、ないみたい……ですし……」 「ふむ」 という会話があり、 「分かった。それでは私がそれをしよう」 「は……え、ええっ!?」 「何を驚いている。御主人様など、私を召喚したその日には何の躊躇もなく『自分を着替えさせろ』と命じていたぞ」 「………、あの子ったら……」 そんな掛け合いを経て、 「それに……お前が私に対して肌を晒すことに、羞恥心を感じるのも今更だろう?」 「え?」 「お前の肌など週に二回の診察で見慣れているし、触り慣れているからな。まあ触れていない部分もそれなりにあるが、要領として大差は……」 「っ……」 「ぐっ―――なけなしの体力を消費してまで、なぜ私の頭を叩く?」 「自分の……胸に、ぜえ、聞いてっ、くださいっ」 その後も交渉は続き、 「とにかく、身体を拭くから服を脱げ。これが原因で死なれでもしたら目覚めが悪い」 「や……でも、ちょ、ちょっと、それは……」 「? ……ああ、服を脱ぐためにも身体は動かさねばならんか。それにも体力は必要だからな……。では私が脱が―――」 「じっ、自分で……脱ぎます、からっ、大丈夫ですっ!」 「そうか?」 「ええっ、身体も……自分で、拭きますし」 「そこまで言うのならば任せるが……。着替えはそこのクローゼットの中でいいのか?」 「あ、はい。さすがに……立ち上がるのは、無理みたいですので……お願いします」 「…………寝具や下着が数種類あるが、適当でいいか?」 「~~~……っ、は、はい、ユーゼスさんに、お任せ……します。……それと……」 「何だ」 「その……着替えたり、身体を拭いたりしてる間は……むこうを向いててください」 などという一連のやり取りの末に、結果としてもう30分を消費していた。 それからカトレアが着替えたことと眠ったことを見届け、夜間ということでスピードを控えめにして飛行を行い、現在に至っている。 ラ・フォンティーヌの屋敷に寝泊りするという選択肢もあるにはあったのだが、『さすがに朝帰りは不味い』という程度の良識はユーゼスも持ち合わせていたのだった。 何はともあれ、ユーゼスは早く自分の研究室に戻ろうとする。 徹夜をしようが朝帰りをしようが、『使い魔として命じられた仕事』がなくなるわけではないのだ。 差し当たって7時になったら主人を起こさなければならない。 これが簡単そうに見えて意外に大変な仕事だった。 特に最近は冷え込みが厳しくなってきたせいで、ルイズがなかなか布団から出ようとしないのである。 「……………」 ゆっくりとビートルの着陸視点から学院へと歩いていくユーゼス。 今の時間帯の正門は閉まっているはずなので、火の塔近くの裏口から学院の敷地内に入り込もうとする。 そこで、ユーゼスは学院の異変に気付いた。 「む?」 学院本塔の食堂あたりから、明かりが差してきている。 ……一瞬、調理場の仕込みのせいかとも思ったが、調理場だけから発せられる光にしては随分と大きい。 つまり今、食堂には明かりが灯っているということになる。 (この時間帯にか?) まだ夜明け前、時刻で言うなら五時にもなっていない。 何かの催し物があるという話も聞いてはいないし、そうなると『通常では有り得ない事態』が起こっているということになるのだが……。 「……それだけではな」 何かが起こっている可能性は高い。 しかしそれが具体的に何なのかは分からない。 どうしたものかと考えながら、ユーゼスは取りあえず警戒しつつ火の塔の前、以前にギーシュと戦ったヴェストリの広場の隅のあたりを進んでいく。 すると、そこで少々見過ごせない物を見つけた。 「銃士隊?」 学院内ではもはや見慣れた服装となっている銃士隊の女性が、二人ほど倒れている。 近寄ってみると、二人とも銃を抱えたままで喉から大量の血を流しており……。 「……死んでいるな」 肌の色や瞳孔の開き具合からして、間違いなく死亡していた。 蘇生までのタイムリミットなど、とっくの昔に過ぎ去っている。 いや、この出血量では蘇生は不可能か。 「……………」 ひとまず銃士隊の死体を検分するユーゼス。 本格的な死後硬直はまだ始まっていないが、周囲にこれでもかと言うほど流れ出た血の乾き具合からして、死後三十分以上、一時間以内といったところだろう。 「ふむ」 二人とも特に服装が乱れているわけでもなければ、喉以外に外傷もない。 つまり強姦などはされずに速やかに殺されたということになる。 「厄介だな……」 侵入者か襲撃者が現れたことは、これで決定的になった。 問題はそれがどのような相手かということだが、銃士隊に首の傷以外の外傷が見られない以上、ある程度のプロフェッショナル意識を持った相手なのだろう。 襲撃者が女という可能性もあるが、こういう場合は楽観的な考えを持たない方が良い。 「……エレオノールたちは無事か?」 まず気がかりなのは中にいる人間の安否だ。 銃士隊隊員がかなりアッサリ殺されたと見られる以上、中にいる誰が殺されても何の不思議もない。 その上、彼女たちも死体になる前はそれなりの訓練を受けており、まがりなりにもあのアニエスの部下として行動していた。 つまりガンダールヴが発動していない状態の自分よりは強かったはず。 それが二人とも激しい戦闘をした形跡もないまま殺されている。 「……………」 こういう場合は迂闊に動かない方が懸命ではある。 しかし静観に徹した結果、状況が悪くなるケースも考えられる。 「ひとまず、何かが起こっているらしい食堂の様子を見るべきか?」 そのようにしてユーゼスが女性二人の血まみれ死体を前に今後の行動について悩んでいると、 「!」 何者かがこちらに近付いてくる気配を感じた。 ……なお、本来ユーゼス・ゴッツォに『敵の気配を感じる』などという戦闘技能は備わっていない。 ではなぜユーゼスが敵の気配を感じ取ったかというと、これはカリーヌ・デジレの訓練によって半ば強制的に叩き込まれた技能なのである。 もっともユーゼスの持つ『本来の能力』を駆使すれば、『敵の気配を感じる』ことはおろか『現在魔法学院がどのような状況にあるのか』、『敵一人一人の能力や素性』すらも容易に把握が出来るのだが……。 「……………」 ともあれ、使うつもりのない能力に関して考えても意味がない。 ユーゼスは音を立てないようにしながらゆっくりと鞭を構え、正体不明の敵と思しき影に向かってそれを放った。 「ぐぅっ!?」 「!! おい、どうした!?」 暗闇の中で、聞き覚えのない男の声が聞こえてくる。 今の魔法学院に男はほとんどいない。 いたとしても、残り少ない男の声くらいならユーゼスも把握はしていた。 つまりこの先にいるのは学院部外者ということになる。 ……もし学院関係者だったらどうしようかと思ったが、結果オーライというやつだ。 そして先ほどの攻撃については、鞭が命中した手応えは感じたが、仕留めるに至ってはいないようだ。 すぐそばに転がっている二つの死体のように『喉か頭部に当てて相手を即座に殺す』のがベストだったのだが、夜明け前の暗闇では命中精度が大きく下がってしまう。 (早川健ならば、それでも正確に当てただろうな) やはりちょっとやそっとの訓練では、あの境地には至れないようだ。分かっていたことではあるが。 (さて……) 自分の技量不足は納得済みなので構わない。 ここで優先しなければならないのは、自分のことではなく相手のことだ。 ……先程聞こえてきた声や気配の数からして、こちらに向かってきた敵はどうやら二人いるらしい。 (いかんな) 敵が一人であればそれなりに何とか出来る自信はあったのだが、二人となると事情が違ってくる。 たかが一人から二人になっただけ、と考えてはいけない。 単独のこちらに対して、向こうの戦力はその倍だ。 自分の能力が敵のそれを大きく上回っているのならともかく、互角以下の自分にとっては生きるか死ぬかの大問題なのである。 (ギーシュ・ド・グラモンでもいれば、もう少しやりようもあるのだが……) 彼の操るゴーレムはかなり応用が利くし、何より『手軽に数を揃えられる』という点が評価出来る。 さすがに敵味方の総数が三ケタを超えるような大規模な戦闘においては意味合いが薄れてしまうが、戦術的にはそれなりに使えるはずだ。 ……と考えはするものの、現在ギーシュはアルビオンにいる。 アルビオンまで空間転移してギーシュを連れて戻って来るという手段もあるにはあるが、それには色々と問題がありすぎる。 (いない人間のことを考えても意味がないか……) 何にせよ、この場は自力で乗り切らねばなるまい。 「……………」 ユーゼスはオリハルコニウムの剣を鞘から抜き、地面を蹴って二人の敵を襲撃する。 だが、それとほぼ同時に敵も動き出した。 「む!?」 土の弾丸と風の刃とが襲いかかってくる。 「!」 ユーゼスは剣を構えつつ身をひねり、それを回避した。 (……あの訓練がこんな形で役に立つとはな) 数ヶ月前の自分ならば、おそらく直撃することはないにしても、完璧には避けきれずに多少の怪我は負っていたはずである。 これもカリーヌとアニエスによる、それぞれのシゴキの成果と言えるだろう。 (何か妙な自己嫌悪を感じるが……) しかしそのようにして順調に戦闘技能を身に付けていっている自分が、何だか嫌なような。 ……いや、無数に存在する並行世界の中で、一つくらいはそのような『ユーゼス・ゴッツォ』がいても構わないとは思う。 そう思いはするが、それが『このユーゼス・ゴッツォ』となると複雑な心境だった。 と、そのようなユーゼスの内心の葛藤はさておき。 「おい!」 「……ああ、分かってるよ」 二人の敵から伝わってくる空気が、明らかに一変する。 自分たちが放った攻撃は、運やマグレなどの類で避けられるタイミングではない。 それは他ならぬ自分たち自身が一番よく知っていたからだ。 「ぬかるなよ……」 ユーゼスから見て右側に立っていた男が一歩前に出て、短い呪文を連続して唱える。 すると、決して大きくはないが幾重もの風の刃がユーゼスに襲いかかった。 「くっ!」 (理に適った攻撃法だ……!) いきなり大きな魔法を使っては放つ時のモーションや詠唱に取られる時間が大きくなるし、何より精神力を大きく消耗してしまう。 よって男は単純な威力よりもリスクの軽減を優先し、詠唱が短く精神力も節約出来る、小規模な魔法を使ったのだ。 威力の不足分は数でカバー、というわけである。 この方法だと威力や数の微調整も利きやすく、まさに『実戦向きの魔法の唱え方』と言える。 「ぬっ……!」 ユーゼスはその幾重もの風の刃を回避し、僅かにかする程度のものならば無視して、それでも避けきれない分はオリハルコニウムの剣で受けながらどうにかしのいでいく。 (……デルフリンガーがあれば、また違ったか?) 風の刃をさばきながら、そんなことを考えるユーゼス。 確かに『魔法を吸収する』というあの剣の能力があれば、もう少しは楽になっていたかも知れない。 ……だがデルフリンガーは全長がかなり大きいため自分にとっては少々扱いにくく、当然それに比例して重量もかなりある。 つまりあの剣がデッドウェイトになって、動きの機敏さが損なわれてしまうのだ。 (切れ味に関しては、大して変わらんようだし……) ならばむしろ無い方が良いかも知れんな、とユーゼスは結論付ける。 と、その時。 風の刃に気を取られていたユーゼスの足元の地面がボコリと波打つようにうねり、直後にユーゼス目掛けて土の弾丸が飛んで来た。 「っ!!」 即座に身をひねり、可能な限りの脚力を駆使してその場から飛び退くユーゼス。 そのついでに軽く周囲を見回してみると、脇腹から血を流している男が杖を構えてこちらを睨んでいる光景が視界に映った。 どうやら最初に鞭で行った先制攻撃は、あの男に当たっていたようだ。 「……っ」 白衣のスソを犠牲にしつつ、風の刃と土の弾丸を回避するユーゼス。 (こちらの見極めが甘かったか……) 自分としたことが、あの風メイジに気を取られすぎて残りの一人のことを失念していた。 状況は二対一。 手負いのメイジと無傷のメイジに、剣と鞭が多少使えるだけの男が戦いを挑んでいる。 (……ガンダールヴの力を引き出せれば、また状況も違ってくるのだろうが……) ガンダールヴの性能は『心の震え』―――要するにテンションによって大きく左右されるのだが、あいにくと今の自分ではこの戦況をひっくり返すほどのテンションは持ち得ない。 例えば絶体絶命の状況下に置かれたとしても、割とすんなり眼前の死を受け入れてしまいそうな気がする。 (さて、どうしたものか……) 玉砕覚悟で突撃―――却下。まず間違いなく返り討ちにされる。 現状を維持しつつ隙をうかがう―――却下。そう都合よく隙が見つかるとは思えない。 持久戦に持ち込む―――却下。体力の削り合いならば、負傷者を抱えているとは言え数で勝る向こうの方に分がある。そもそもこの戦法ではジリジリと押し切られる可能性が非常に高い。 退却する―――保留。現状においては最も現実的な案ではあるが、逃げ切れるとは限らない。 「……………」 ほとんど八方塞がりである。 もうこうなったら、クロスゲート・パラダイム・システムを起動させて逃げることがベストのような気さえしてきた。 だがそういうわけにもいかない以上、どうにかしなくてはいけない。 (……この際だ、アレを試してみるか) ユーゼスは剣を水平に構え、ルーンが光る左手をその刃の腹に当てる。 そしてそのまま刃に沿って左手を滑らせようとしたが、やろうとした途端にその表情が曇った。 「くっ……ルーンの出力が足りん」 手本となる物はいくつか知っている。 やり方の要領も分かっている。 ……理論的には十分に可能なはずなのだが、しかしそのための力が不足していた。 現在の自分のテンションでは、自分が思い描いていた通りの『剣とルーンの組み合わせ方』は出来そうにない。 「ぐう……」 やろうとした途端に失敗してしまった『新しい試み』。 こうなったら因果律を操作して強制的にルーンの持つ力を引き出してみるか……などとユーゼスは考えるが、しかし。 「今だっ!」 「戦いの最中に考え事とは……!」 当たり前ではあるが。 その失敗によって生じた隙を見逃してくれるほど、敵は甘くはなかった。 「!?」 空気がうごめき、渦を巻いて槍となる。 地面が盛り上がり、更に硬質化して特大のトゲと化す。 「ちいっ!」 風と土、二種類の攻撃は互いの間隙を補い合うようにして容赦なくユーゼスに攻めかかる。 (……こうなれば、イチかバチかしかないか?) ユーゼスはそれをかなり際どいタイミングながらも回避し、切り抜けていった。 更に回避の動作と接近の動作を連動させ、少しずつではあるが二人の敵へと近付いていく。 (ここか……!) ユーゼスが十分に鞭の間合いに入った、と判断したところで、 「甘ぇっ!!」 「何!?」 最初に鞭の一撃を受け、脇腹に傷を負った土メイジの男が声を上げてユーゼスをギロリと睨んだ。 向こうは既に、杖をこちらに向けている。 こちらは鞭の柄に手をかけている。 両者の挙動の差は明確だ。 (―――間に合わないな) すでに攻撃の動作に入っている以上、回避運動に切り替えるのにもコンマ何秒かが必要となる。 順調にその切り替えが行われたとしても、このタイミングではおそらく敵の攻撃は避けきれまい。どう少なく見積もろうと身動きが取れなくなる程度のダメージは追うはずだ。 (ここまでか……) 終わりは意外とあっけなかった。 ……さて、自分が死んだらどうなるのだろうか。 また『因果地平の彼方』に飛ばされるのか、それとも今度は本当に『死ぬ』のか。 いずれにせよ、大した心残りもないので――― (む?) 『心残り』というキーワードに対し、ユーゼスの中で何かが引っ掛かった。 一瞬、誰かの顔が脳裏をよぎる。 誰の顔なのかはいまいちハッキリとしないが、それでもその『誰か』を原動力として、自分の身体は勝手に『死』に対して抵抗しようとする。 まさか……。 (…………死にたくない、などと思っているのか? この私が?) 自分の精神と肉体、両方の動きに驚くユーゼス・ゴッツォ。 そして、その一連の場面での驚きは『自分のこと』だけには留まらなかった。 手傷を負った土メイジが、ユーゼスに向けて魔法を放とうとした瞬間。 全く予期していなかった方向から、巨大な炎のカタマリが現れたのだ。 「!!」「なっ!?」 「うおおぉおっ!!!??」 炎はユーゼスを狙っていた土メイジを飲み込み、瞬く間に彼を燃やし尽くしていく。 「…………っ」 標的である銀髪の男への注意も忘れて、呆気に取られる風メイジ。 (チャンス、か!) 自身に芽生えた『生への執着』にやや困惑しつつ、ユーゼスは手にかけていた鞭をあらためて握り、地面を踏みしめてそれを振るった。 一撃、二撃、三撃。 杖を持っていた右手と、前に踏み出していた右脚と、何かを喋ろうと動きかけていた喉。 いきなり仲間が焼死してしまって動揺している風メイジは、マトモにその三撃を食らった。 当然の帰結として、彼の命はそこで潰えることになる。 「……ふむ」 風メイジが仰向けに倒れたことを見届けて、自分の手の中にある鞭を見るユーゼス。 快傑ズバットこと早川健の攻撃に比べれば児戯にも等しい攻撃ではあるが、彼を知るカリーヌ・デジレに『取りあえず形だけは及第点』というお墨付きを貰った鞭さばき。 改良の余地はあり過ぎるほどにあるが、ひとまず護身用程度には役に立ってくれたようだ。 「……………」 と、鞭のことは別にいいとして、この場で気にかけるべきことは他にあった。 ヴェストリの広場に転がる二つのメイジの死体。 血まみれで死んでいる風メイジは自分がやったのだから構わないが、その直前に焼死した土メイジは果たして誰がやったのか。 (まだ近くにいるとは思うが……) 確認するべく周辺を見回そうとするユーゼス。 しかしそれを実行しようとした矢先に、その土メイジを焼死体に変えた人物は姿を現した。 「無事かね、ゴッツォ君?」 「お前は……」 長い木の杖を持ち、黒いローブに身を包んだ、禿げた頭の中年教師。 転がる二つの死体を見ながら、何かの苦痛にでも耐えているような顔をしているジャン・コルベールがユーゼスの前に立っていた。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8258.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 ほへー、とギーシュは夜空を見上げる。 そしてその数秒後、まるで暗幕を引いたかのような真っ暗な空に、色鮮やかな光の花が咲き乱れた。 降臨祭を盛り上げるための一環として、花火が打ち上げられたのだ。 ともすれば大砲の音を思わせる打ち上げ音ではあったが、そんな不吉なイメージは脳裏から排除している。 せっかくの降臨祭なのだし、陰気な考えはやめておくべきだろう。 「おぉ……」 ギーシュはトリステイン以外の国で降臨祭を迎えるのは初めてだったが、このアルビオンでの降臨祭もそう悪いものではなかった。 いや、まあ、今が戦時中でなくて、兵隊が寝泊りするテントだの天幕だのが視界のあっちこっちに見えなければもっと良かったのだが、この際ぜいたくは言うまい。 それに、どうせなら寂しいのよりは賑やかな方がいいし。 『物凄い数の兵隊が駐屯している』という商売の匂いを嗅ぎつけてきた商人たちのおかげで、このシティオブサウスゴータ全体にも活気はかなりあるし。 それでなくても年に一度のお祭り、降臨祭なのだ。 盛り上がりもひとしお、というわけである。 「ほぅ……」 煙のような白い息を吐いて、あたりを見渡すギーシュ。 街にはチラチラと雪が降リ始めたため、夜空の花火と合わせて幻想的な光景を作り出している。 そうでなくとも、この街は景観が白い。 シティオブサウスゴータが語られる際には前置きとして必ずと言っていいほど『古都』という表現が使われるが、しかし街並み自体はそれほど古くもなかった。 石造りの建築物には、特に傷や亀裂などは見当たらない。 聞いた話では数千年前に『固定化』の魔法がかけられたそうだが……まあ、本当に数千年かどうかはこの際、どうでもいいことだ。 とにかく今のこの街は、景観としてはほとんど最高と言っていい。 最高の景観。 お世辞でも何でもなく、素直にギーシュはそう思っていた。 この戦争に行って記憶に残ったことは何だったと聞かれたら、五番目くらいまでには思い出せそうなほどに印象深い。 「……………」 だと言うのに。 この最高の景観を、たった一人で寂しく楽しまなければならないとは、一体どういうことなのだろうか。 女の子を口説くには、最高のロケーションではないか。 「いや、軍曹あたりと男同士で過ごすよりはマシなような気はするけど……」 ちなみに今、ギーシュは単独行動中であった。 『降臨祭の期間』というのはある意味で自由に過ごせる期間みたいなものなので、ちょっと大隊を離れてギーシュなりに羽根を伸ばしているのだ。 なお、大隊を挙げてのどんちゃん騒ぎは降臨祭の初日に済ませてある。 「でも、せっかくだったら……こう……女の子と一緒にさ。花火や雪を眺めながらさ。肩に手でも回してさ……」 景色は綺麗。 ムードは満点。 周りは賑やかだけど、少し探せば二人きりになれる場所なんて、いくらでもありそう。 ちょっとしたプレゼントを買う店なんて、それこそ売るほどある。 「くっ……」 こんな絶好の機会を生かすことが出来ないとは、何とも口惜しい。 くそう。 貴族の女の子でも見かければすぐにでも声をかけるんだけど―――とも思うが、こんな戦場一歩手前の場所にそんな女の子がいるわけがない。 平民の女の子を手当たり次第、なんて暴挙に及ぶほど落ちぶれてもいない。 って言うか、数日後には死地に向かうような一行の中に『すぐに声をかけられるくらいの頻度』で『貴族の女の子』が見かけられる状態というのは、よく考えればかなりの大問題である。 いくら何でも、我がトリステインはそこまで人材が枯渇してはいないはずだ。 ユーゼスあたりだったら『戦力として使えるのならそうするべきだ』とか言いそうだし、実際いくつかの事件ではそうしていた(と言うかその場に女の子しかいなかった)が、トリステイン……いやハルケギニアの貴族は普通、そんな考えは持たない。 だって戦争だ。 ギーシュ自身もこの身で体験したから分かるが、アレは女の子が触れていいモノではない。 少なくとも、自分の恋人であるモンモランシーには絶対に触れて欲しくない。 「……あ~……、そういうわけか」 自分たち学生士官を登用する際に『戦には反対』だという意見とは別に、『学生を使う』という件そのものに関して一部の貴族から猛反発があったらしいが、これはこういう心理が働いたのだろう。 今なら分かる気がする。 手塩にかけて育てた自分の子供が、それこそ子供扱いされるような年齢だと言うのに、殺し殺されが日常になっているような場所に行かされる。 そりゃ嫌だ。 貴族なんだから、お国の一大事とあらば身を粉にして滅私奉公する覚悟くらいはしているのだろうが……『まだ成人もしていない子供まで殺し合いに参加させろ』とか言われれば反発する者だって出てくるはず。 「って、あれ?」 そこまで考えて、ギーシュはあることに思い至った。 猛反発する一部の貴族。 その『一部』とやらがどれくらいの規模を指すのかはよく分からないけれども、自分のようなぺーぺーの学生士官の耳にまで入ってくるような情報なのだから、少なくとも無視の出来る数ではないだろう。 戦争反対派の貴族にしてもそうだ。 多額の税金だか免除金だかを収めれば戦争参加は回避が出来るらしいが、悲しいかな大半の貴族はそんなに金持ちでもない。 他でもないグラモン家がそうだし。 そして学生士官については、一応『志願』という形を取ってはいるものの、実際にはほとんど徴兵に近い。 内心や内情はともかく、自分のところの息子が戦に参加してないとなれば他の貴族から、そして何より王宮からどんな目で見られるのか予想はつく。 「……………」 つまり学生士官の登用は……いや、このアルビオンとの戦そのものが、決して少なくない数のトリステイン貴族の反対を無理矢理に押し切って進めたという……。 「……嫌なことを考えてしまった」 降臨祭の盛り上がりと反比例するかのように、ギーシュのテンションは下降気味になる。 今の王宮と言うか、トリステインの後ろ暗い部分に触れてしまったような気分だ。 「って言うか、僕なんかがアレコレ考えたところで、どうにもならない問題なんだろうけど」 ……それにしても、自分はこんなにアレコレ考えるようなヤツだっただろうか。 「いや……これはアレか、ユーゼスとか軍曹とかの影響だな」 戦争直前までそれなりに親しくしていたユーゼスの影響で『考える』という行為そのものがクセとなり、戦争が始まって自分の副官になったニコラの影響で『それなりに客観的な思考』がクセになりつつある。 こんな風に軽く自己分析が出来ること自体、その証拠だろう。 「何だかなぁ……」 この変化は喜ぶべきなのかどうか。 よく分からないが……しかしそれこそ、考えてもどうにもなるまい。 そんなに劇的な変化ってわけでもないし。 自分でも意識しなけりゃ分からない程度の変化だし。 「ま、いっか」 ギーシュはアッサリと思考を切り替えて、夜空をいろどる打ち上げ花火と、降り続ける雪、そして白い街並みのコントラストを観賞する。 その胸元では、先の戦いの功績を誇示するかのように首から下げられた勲章が、花火の光を反射して輝いていた。 「飽きた」 1500万人というハルケギニア最大の人口を誇る大国にして、魔法先進国でもあるガリア王国。 その国の最高権力者であるジョゼフ一世は、自室の椅子に腰掛けながら呟いた。 「ふむ」 そんなジョゼフの話相手であるブレイン卿は、大して関心もなさそうに応じる。 「飽きたと言うのは、アルビオンのことかの?」 「そうだよ。……俺としては今回の戦の勝敗についてはどうでもいいんだが、まさかここまで長引くとは思っていなかった。 いいか、あのクロムウェルとかいう坊主をそそのかしてから、もうそろそろ三年になろうかというのだぞ? だと言うのに、いつまでもダラダラと無駄に小競り合いが続くばかり。そんなことをするくらいならパーッと散れと言うのだ、まったく」 「戦争とはそういうものじゃろうに」 「分かっておらんなぁ闇黒の叡智。ここで重要なのはな、何よりも『俺がつまらん』ということだ」 「……………」 無表情かつ無感情、そして無機質にジョゼフを見るブレイン卿。 そんな視線をまるで気にした風もなく、ガリア国王は老人の姿をした『別のモノ』に告げる。 「しかしだ。今回の脚本を書いた人間の一人としては、飽きたからと言ってハイそうですかと放っておくわけにもいかん。それは責任の放棄というものだからな」 「……………」 「ならば、幕引きはせいぜい派手に演出してやろうと思う。そこで……」 バサリと地図を取り出し、机の上に広げるジョゼフ。 その地図には、現在トリステイン・ゲルマニア連合軍が駐留しているサウスゴータ地方の地形や、古都シティオブサウスゴータの位置情報などが詳細に記載されていた。 ジョゼフはその中の一点を指差し、少し弾んだ声でブレイン卿に指示を出す。 「お前があの傀儡を使って入手したという『アンドバリ』の指輪の雫を、この地点にあるという井戸に流し込んで欲しい」 「……効果範囲は?」 「シティオブサウスゴータのおおよそ三分の一くらいか。もっとも、事前に調べさせた水脈の規模や、井戸とシティの位置関係から割り出した俺の概算に過ぎんが」 「実際に与える影響は」 「ふぅむ、こればっかりは実際に試さんことにはな……まあ、話によるとあのクロムウェルの血がたっぷり入っているそうだから、少なくともアレの言いなりにはなるのではないか?」 「……………」 ブレイン卿は感情の見えない顔のまま沈黙する。 そしてきっかり10秒後、 「いいじゃろう。デブデダビデを使ってそのように仕向ける」 ごくごく平淡な口調で、ジョゼフに指示に従うことを了承した。 「うむ」 ジョゼフはそれに満足そうにうなずくと、そのままブレイン卿に向かって告げた。 「では、俺はこれから『作戦会議』をしなければならんのでな。悪いが外してくれるか」 「……一人で行うことを『会議』とは言わんじゃろう」 「お前とやり取りをしても味気ないんだよ、チェスでも何でも常に無難で『負けない』指し方をしおってからに。……最初の内は面白かったが、腹の探り合いやら考えの読み合いやらの“手ごたえの無さ”に気付くと、恐ろしくつまらん。一人でやった方がまだマシだ」 「そうか」 召喚主の言葉について肯定も否定もせず、そのまま部屋を出て行く老人。 ジョゼフはそれを見送るなどということはせず、すぐに部屋の奥、自分の遊興のためのスペースへと向かっていった。 「さあて」 うむむむ、と首をひねって考え込むジョゼフ。 目の前に広がるのは、ざっと10メイルはある巨大な箱庭である。 よく観察してみれば、それがハルケギニアの地図をかたどった大規模な模型であると気付くだろう。 「……………」 青みがかった髪と髭の美丈夫は、その箱庭の脇においてあった二個のサイコロをおもむろに手に取り……。 「陛下……、陛下!」 「ん?」 そのまま適当に放り投げようとしたところで、止める。 部屋を仕切る分厚いカーテンの向こうから、貴婦人の声が聞こえてきたのだ。 「お探しのものを見つけて参りましたわ!」 「おお!!」 貴婦人の言葉を耳に入れた瞬間、ジョゼフは自分から分厚いカーテンを開き、部屋の入り口まで小走りに向かっていく。 そこには貴族然とした美しい女性がニコニコと笑みを浮かべながら立っており、彼女はその手に持った20サントほどの箱をジョゼフに差し出した。 「モリエール夫人! モリエール夫人! あなたは私の最大の理解者だ!!」 「彼を陛下の軍勢に加えてくださいまし」 「うむ!」 ガリア王はまるで子供のようにはしゃぎながら、モリエール夫人から受け取った箱を開けていく。 そして箱の中身を確認すると、更に喜色を強くした。 「これは! これは前カーペー時代の重装魔法騎士ではないか! このような逸品を! あなたは素晴らしい人だ、モリエール夫人!!」 二十サントほどの錫で出来た人形を持ち、眺めながら大喜びするジョゼフ。 彼はひとしきり喜んだあと、上機嫌なままでモリエール夫人の手をとって先程まで自分がいた遊興のためのスペースへと彼女を案内した。 「さあさあ、これをご覧になって欲しい! 私の『世界(ハルケギニア)』だ!!」 「まあ! 綺麗な箱庭でございますこと! 素晴らしいわ!」 「国中の細工師を呼んで作らせたのだ! 完成までに一ヶ月もかかった!」 「今度は模型遊びでございますの? あの『お知り合い』との将棋遊びにもお飽きになられたのですか?」 ジョゼフはブレイン卿のことを、対外的には『知り合い』ということで通していた。 ……普通ならば、このようにして王に取り入った人間はまず間違いなく怪しまれるところである。 だが、そうならない理由が二つほどあった。 一つは、どうせ『無能王』のいつもの気まぐれだという見方が大半であること。 そしてもう一つは、その老人本人が王の相手をする以外は、王宮内の見られても全く問題ない区画をウロウロするくらいで、本当に特に何もしないことである。 その二つの理由でもって、ブレイン卿は基本的には放置されていた。 なお、モリエール夫人も一時はジョゼフとブレイン卿の関係について『邪推』していた。 そしてまさかと思いつつも内偵を放って監視をしたところ、本当にジョゼフとは適当な遊びをするか、何かよく分からない話をするかだけで、何だか妙な期待外れ感を味わったりもしている。 ともあれモリエール夫人としては、あの老人は『どうでもいい人』に分類されているのだ。 閑話休題。 「いやいや、これについては一人でやっている」 「まあ、また一人将棋に逆戻りですの? ……お尋ねしてよろしいかしら?」 「ん?」 「私、いつも不思議に思っておりましたの。どこが楽しいのかしらって」 「どうしてだね?」 「だって、敵の手まで指すことはありませんわ。敵の駒も味方の駒もご自分で動かして、何が楽しいのですか?」 「……悲しいことに、余の相手になるほどの指し手はどこにもおらぬのだ」 苦笑するモリエール夫人。 一方のジョゼフは、かつてたった一人だけいた『自分の相手になるほどの指し手』に思いを馳せる。 ……だがそれを一瞬で打ち切ると、目の前の貴婦人に対して自説を披露し始めた。 「将棋と言うのは、突き詰めれば定石の応酬でな。ある一定のパターンをなぞることに終始してしまう。だが、余の考えたこの遊びは違うのだ!」 ジョゼフは『自分が考えた遊び』について説明を始めた。 曰く――― 現実と同じような地形……丘、山、川、地形の起伏、都市や村、およびそこにある建築物までを可能な限り再現した箱庭を作り、その上で駒を動かす。 駒については、槍兵、弓兵、銃兵、騎士、竜騎士、砲兵、砲亀兵、軍艦……と、実際の軍備を模したものを使う。 駒の勝敗は、サイコロを振って決める。 そのような不確定要素を使用することによって、結果に『揺らぎ』が生じる。 すると、実際の戦を指揮しているような面白味が生まれる。 ―――取りあえずの概要は、こんなところだ。 「では私も、陛下の親衛隊に加えてくださいまし」 ガリア王が語った『遊び』の面白さを理解しているのかいないのか、モリエール夫人がニコニコと微笑みながらそんなことを言ってくる。 愛人のそんな要望に対して、王は快く受け入れた。 「喜んで。貴女を花壇騎士団の団長にしてあげよう。ほら、このように貴女は騎士だってちゃんと持っているんだから」 「まあ! 栄誉あるガリア花壇騎士にしてくださいますの? 私、みんなから妬まれてしまうわ!」 モリエール夫人が持って来た騎士人形に口付けし、箱庭の上に置くジョゼフ。 ……ちなみにこの時、ジョゼフは冗談などを一切抜きにして、本気でモリエール夫人を花壇騎士団の団長に任命することに決めていた。 「世界一美しい騎士団長の誕生に乾杯!!」 そばにあったグラスを持ち、自分でワインを注いでモリエール夫人に手渡すジョゼフ。 更に自分のグラスにもワインを注ぐと、それをモリエール夫人と同じタイミングで飲み始める。 「この箱庭遊びも、陛下がお一人で敵と味方を兼ねておられるのですか?」 「当然だよ」 ワインをあおりながら、再びジョゼフは語った。 「言っただろう? このハルケギニアに、余ほどの指し手はおらぬと。自分で作戦を―――巧妙で緻密な作戦を立て、それをこうして自分で受ける。勝ち誇る己を、己の手で粉砕する。……言うならば、余はこの箱庭を舞台に芝居を演出する、劇作家と言ったところか」 「まあ、この箱庭は本当に精密でございますね」 箱庭の至るところに立っている兵隊の人形を眺めながら、モリエール夫人が尋ねる。 「ここでどんなドラマが繰り広げられておりますの? 私に説明してくださいまし」 「うむ」 ジョゼフは城壁に囲まれた都市を指差し、説明を始める。 「現在『青軍』がこの都市を占領したばかりだ。……そして、こちらの都市にこもった『赤軍』と睨み合っている。もっとも、今は降臨祭なので停戦しているがね」 次に、大きな建物の模型が並んでいる都市を指差す。 「さてさて、ここからが面白い。『青軍』は勝利に酔っている! その隙にこちらの『赤軍』はとんでもない“切り札”を使い、逆転するのだ!!」 「では、この戦はこちらの……『赤軍』が勝ちますの?」 「それが……実は、最終的な勝敗は決めていなくてなあ」 困ったような顔を見せるジョゼフ。 「逆転劇を拝見したら、この対局を終わらせることは決めているのだが、どっちを勝たせるかとなると……おお、そうだ!」 ジョゼフはパッと華やいだ表情になると、モリエール夫人にサイコロを二つ手渡す。 「これは?」 「せっかくだ、モリエール夫人。この戦の勝敗は、あなたに決めてもらいたい」 「あら、責任重大ですこと!」 「なあに、そう難しいことではない。この二つのサイを振るだけだよ」 「そうですか? では……」 笑みを浮かべたままで二個のサイコロを振るモリエール夫人。 そうして出た目を見て、ジョゼフは大げさに声を上げた。 「おお、七か! 微妙な数字だ! さすが、余が目をつけた女性なだけはある!!」 「うふふ」 「ええと……この場合は……、……よし」 アゴに手を当てて考え込んだ後、ジョゼフは厚いカーテンの向こうに控えていた男(部屋の構造上、モリエール夫人が入って来る時には見えていなかった)を呼び出した。 なお、男はこの国の大臣である。 いつ命令を下しても構わぬよう、ジョゼフがここに控えさせていたのだ。 「大臣。詔勅である」 「はい」 「艦隊を召集しろ。アルビオンにいる『敵』を吹き飛ばせ。三日でカタを付けろ」 「御意」 簡素なやり取り。 それこそ『あの人形を手に入れて来い』だとか『箱庭の駒を動かせ』だとかいう気軽さで、ジョゼフは大臣に命じる。 そして大臣は命令を聞くと、黙ったままで退出していった。 「へ……、陛下……」 一連のやり取りを呆然と見ていたモリエール夫人は、ガタガタと身体を震わせ始めた。 顔色は一気に青白く染まり、表情は恐怖にゆがみ、そして先程自分がサイコロを振った手を見つめている。 「ん? どうしたモリエール夫人、寒いのか?」 ジョゼフは小姓を呼ぶための鈴を鳴らした。 部屋の外に控えさせている小姓が、いそいそとジョゼフの前に駆け寄ってくる。 「小姓、暖炉に薪をくべてくれ。夫人が震えている」 大臣にしたのと同じ調子で、ジョゼフは小姓に命じた。 「陛下……、おお、陛下……」 「どうしたモリエール夫人? 由緒あるガリア花壇騎士団の団長が、そのような臆病では困ってしまうぞ?」 冗談めかした言い方をしつつ、ガリア王はまた別のことを考える。 ―――ブレイン卿とのやり取りの中で、ジョゼフは自分をこう評していた。 『今回の脚本を書いた人間の一人』。 それはすなわち、ジョゼフとは別にこの戦争の筋書きを考えた人間がいる、ということでもある。 ジョゼフにはそれが誰なのか、おおよその察しが付いていた。 おそらくはあの異形の怪物―――アインストを操っている者。 あの怪物が出現する時には、一定の法則のようなものがある。 アルビオン軍が軍事行動を起こしている、または起こそうとする時……あるいはアルビオンの軍事拠点のすぐ近くを、狙ったようにして現れるのだ。 散発的に各地に出現するのならばともかく、いくら何でも出現位置やタイミングが人為的と言うか、作為的過ぎる。 何らかの『意思』が働いていると見て間違いないだろう。 ブレイン卿、いやダークブレインはそれが何者なのか察しているようだが……。 (……それを早々に聞いてしまっても、つまらんしな) まあ、ああいう不確定要素があれば盛り上がるし、こっちとしても脚本の組み立てがいがある。 それに何より、その方が面白い。 (さて、脚本は立てた。結末も決めた。あとはアインスト側の出方と……) ジョゼフは相変わらず震え続けるモリエール夫人の背中を撫でさすりながら、その顔に無邪気な笑顔を浮かべる。 (舞台上の『アドリブ』と、もしかしたら起こるかも知れん『ハプニング』に期待するとしようか) 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8257.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 ユーゼスは、空を飛ばされていた。 飛ば『される』。 受け身である。 「……………」 飛ばされながら考える。 なぜこうなったのだろう、と。 初めは部屋に閉じこもるカトレアの機嫌を何とかするため、その相談相手を探していただけだった。 エレオノールは屋敷にいない。 ルイズには既に相談済み。 ラ・ヴァリエール公爵とは、相談ごとを持ちかけられるほど親しくもなく。 屋敷の他の使用人もよろしくはあるまい。 ならば最後の手段、ということでラ・ヴァリエール公爵夫人ことカリーヌに対して、 『御息女にアクセサリーを贈ろうと思うのですが、何か良いものはないでしょうか?』 と尋ねた結果、公爵夫人は何とも形容しがたい表情となり。 その十数秒後、 『……なまっていないか見てあげますから、外に出なさい』 と彼女に言われて。 言われた通りに外に出たら、完全装備のカリーヌ・デジレが登場。 そして『烈風』と呼ばれた伝説的なメイジの苛烈な攻撃に見舞われ、現在に至る。 「……………」 ただ相談を持ちかけただけだったのに、公爵夫人の心中では一体どのような思考が働いたのだろう。 まあ、以前に稽古をつけていた相手の、今の実力のほどを知りたいという気持ちは分からないでもないが。 「っ」 ズシャアッ ユーゼスは着地と言うには少々不恰好なやり方で、空中から地面に『滑り込む』。 そしてそのままゴロゴロと(もちろんカリーヌとは反対の方向に)回転し、落下の衝撃を可能な限り打ち消す。 ルイズの夏期休暇中、数えるのも馬鹿らしいほどカリーヌにこうして吹き飛ばされた結果、身につけざるを得なかった落下に対する受け身のスキルであった。 ちなみに白衣はあらかじめ脱いであるので、汚れを気にする必要はそんなにない。 「ほう」 一方、ユーゼスを吹き飛ばした当のカリーヌは感心したような声を上げていた。 「誰が仕上げたか知りませんが、なかなか良くまとまっています。 取りあえず及第点はあげておきましょう」 「…………!」 しかし、そんなことを言いつつも攻撃の手は緩めない。 容赦もない。 と言うか、どう控えめに捉えても夏より攻撃の激しさが増していた。 アニエスによる訓練とメンヌヴィルとの戦闘経験がなければ、さばき切れないほどの連続攻撃だ。 「もっとも、あなた程度の技量で『まとまり過ぎて』いても困りますが……」 「!」 言い終わると、カリーヌはいきなり物凄いスピードでユーゼスへと接近する。 おそらく『フライ』を使い、地を這うような超低空飛行を行っているのだろう。 そしてそんな分析をしている間にも鉄仮面の女メイジはユーゼスに肉迫し、判別が出来ないほど小声かつ早口で何かのスペルを唱え……。 ドゴッ!! (『エア・ハンマー』……いや『ウィンド・ブレイク』か) ユーゼスは吹き飛ばされつつ、自分を吹き飛ばした魔法の正体に当たりをつける。 ……吹き飛ばされた衝撃で、手に持っているオリハルコニウムの剣は手から離れつつあった。 こうして考える余裕があるということはカリーヌもそれなりに手加減してくれてはいるのだろうが、それでも『烈風』の攻撃をマトモに受けているのだ。 手に持った武器を放すなと言う方に無理がある。 ついでに言うと、武器から手を離せばガンダールヴのルーンの効果もなくなる。 そうすると肉体強化もなくなることになり、現在受けている最中のダメージの量も増大。 また、最近は忘れがちだがユーゼス・ゴッツォの身体能力は決して高い方とは言えず、むしろ低い方であって。 つまり肉体のダメージ許容量も低く、『ウィンド・ブレイク』をまともに受けでもしたら簡単に許容量はオーバーしてしまう。 それがどういうことなのか、と言うと。 「…………っ」 許容量を超えたダメージを受けたユーゼスは、意識を失うしかないのであった。 「ぐぅ……っ、ぬ……」 痛む身体を引きずりながら、ユーゼスはラ・ヴァリエールの屋敷の廊下を歩く。 分かっていたことだが、やはりカリーヌは強かった。 手も足も出ないと言うほどではないにせよ、戦闘能力にはかなりの差がある。 ……ユーゼスとしても、自分がメンヌヴィル戦ほどのテンションを発揮することさえ出来れば、もう少し良い勝負になるとは思っている。 しかし、あんなテンションなどそう頻繁に出せるものでもない。 感情をコントロールするなど、並大抵の人間には不可能なのである。 もっとも、相手をしているカリーヌとて何だかんだで手加減はしてくれているはずだった。 殺傷能力の高い『ブレイド』や『エア・スピアー』、『ウィンド・カッター』などを使わなかったことからも、それはうかがえる。 とは言え。 『ガンダールヴ付きのユーゼス・ゴッツォ(テンション低め)』と『それなりに手加減したカリーヌ・デジレ』では、どうひいき目に見ても後者に分があるだろう。 まあ、お互いが能力を十全に発揮した状態で戦ったら、結果は分からないが。 (……もっとも、私が能力を『本当の意味で十全に』発揮した場合、勝つどころかマトモな戦闘にすらならんだろうがな……) どうにも両極端な我が身を呪いつつ、ユーゼスは自室として用意された部屋にたどり着く。 物置部屋を簡単に改修しただけあって壁にはホウキが立てかけてあったり、ベッドの端には雑巾がかけられていたりしているが、召喚された直後のようなワラ束の寝床よりはマシだ。 それに、若い頃は独房に押し込められていたことを思えば大したこともない。 「うっ……」 ドサリとベッドに倒れこむユーゼス。 身体はこれでもかというほど痛めつけられてしまったが、しかし収穫が何もない訳ではなかった。 カリーヌから『女性へ贈るアクセサリー』についての情報を聞き出すという目的自体は、達成していたのである。 「さて……」 痛む身体をあえて意識から外し、公爵夫人より得られた情報を整理する。 女性へと贈るアクセサリー。 候補として挙げられるのは、次の通りだ。 ブレスレット。 アンクレット。 指輪。 髪飾り。 ネックレス、またはペンダント。 ピアス、またはイヤリング。 ブローチ。 この内、指輪はストレート過ぎるので、またアンクレットは少々意味がややこしくなるのでやめるべき。 ただのネックレスよりは、アクセントの入ったペンダントの方が良い。 また、店で購入するよりは手作りの方が望ましい。 「ふむ」 『ストレート過ぎる』とか『アンクレットの意味』とかはよく分からないが、とにかく参考にはなる。 ではこれらを踏まえた上で、自分はどのようなアクセサリーをカトレアに贈るべきなのか。 「…………無難な路線でいくか」 ユーゼスは心の中で髪飾りとピアス、イヤリングに×を付ける。 すでにカトレアは髪飾りをつけているし、余計なものを上乗せするのは好ましくあるまい。 それに耳飾りというのも、カトレアのイメージにはそぐわないような気がする。あくまで個人的な印象だが。 「あとは……」 ブローチも少々、子供っぽいだろうか。 ……少々偏見が入っている気がするが、『自分が贈るもの』だから構うまい。 「……………」 とにかく、これで候補は二つに絞られた。 ブレスレットとペンダント。 ユーゼスはしばしの間、どちらにしようかと黙考し……。 「よし」 カトレアに贈るものを決めると、次の段階へと入る。 購入するか、作成するか。 手作りの方が望ましいとは言うものの、ユーゼスは『錬金』の魔法は使えないし、金属加工の技術なども持ち合わせていない。 ならばどこかで買うしかないのか……と考えるが、そこでふとあることを思い出した。 「オリハルコニウムが余っていたな」 以前に剣を作ったとき、余ったオリハルコニウムを『後で使えるかも知れない』という理由で異空間に仕舞っておいたのだ。 ……どうせこのままでは使い道もないだろうし、いっそのこと、ここで使うのも悪くはない。 問題は加工方法だが、 「―――剣を作るのも、アクセサリーを作るのも大差はあるまい」 この際、因果律を操作して作ってしまおう。 その程度の芸当は造作もないことであるし、その行為が『世界』に対して多大な影響を及ぼすとも考えにくい。 「では……」 ユーゼスはナノチップとして脳内に埋め込んである、クロスゲート・パラダイム・システムを起動する。 そして『自分の空間』に仕舞ったままのオリハルコニウムのインゴッドを取り出し、目当てのアクセサリーへと加工を開始した。 大き過ぎず、小さ過ぎず。 デザインは……取りあえず派手過ぎず。 「……………」 出来た。 さて、あとはこれをカトレアに渡すだけだ。 渡すだけなのだが……。 「…………どうやって渡す?」 部屋に閉じこもってしまっているカトレアへの接触。 この問題をクリアしないことには、プレゼントを渡すどころかマトモな話すら出来ないということに今更ながら気付いた。 「ええい……」 思わずイラついた声をあげるユーゼス。 そうして更に悩んだ末、彼は――― 一方、ユーゼス・ゴッツォを悩ませている女性、カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌは。 「…………ぅぅ」 ベッドに伏しながら、激しく落ち込んでいた。 理由はもちろん、先日の吐血である。 「うぅぅ……」 吐血すること自体はカトレアにとって、別に珍しいことではない。 慣れていると言ってもいいだろう。 子供の頃など、夜に眠っている間に少し吐血して呼吸困難になりかけたほどだ。 だが。 この『口から血を吐く』という光景は……控えめに言っても、見苦しい。 少なくとも自分にとってはそうだ。 そんな見苦しい様を、意中の男性に見られてしまった。 ……いや、見られただけならまだしも、その内情まで看破されてしまった。本心までは分かっていないようだったが。 そんなことがあったので、カトレアの女心は深く傷付いてしまっていたのである。 「……………」 ユーゼスは自分が血を吐く光景を見ようとも大して気にはしていない様子だったし、『気にするな』という旨の発言をしていた。 おそらく、本当に気にしていないのだろう。 しかし。 たとえユーゼスが気にしていなくても、自分は物凄く気にしてしまうのだ。 彼の前では、清く美しく……とまではいかないまでも、せめてあんな姿は見せたくなかった。 そして、そんな自分の気持ちを理解してくれないユーゼスのことがちょっぴり恨めしく、でもそんなユーゼスだから惹かれたとも言えるわけで。 「はぅ……」 今の自分の心境を上手く表現することは難しいのだが……何だろう、こう、例えば自分の心が一件の屋敷だったとするとだ。 その屋敷の中核に近い部屋に、ある日突然、銀髪の男が住み着いてしまった。 別にそれ自体は構わないし、他にも住人は色々いる。 だけれども、ちょっと事情があって、その男には一時的にでも屋敷から出て行ってもらわなくてはならなくなった。 屋敷の主であるところの自分は、何とかして銀髪の男を屋敷の外に出そうとするのだが……。 これがもう、全然出て行ってくれない。 いや、出て行かせる立場のはずの自分が、立ち退きを要請しきれないと言うか。 むしろ自分は、この男を出て行かせる気なんて全くないのでは? そんな感じである。 「―――……ぅう」 何だかさっきから『うう』とかしか言ってない気がするが、この部屋には自分しかいないので特に問題はない。 いや、自分しかいないと言うのは間違いか。 この部屋には自分の他に、たくさんの動物たちがいるのだ。 そう、今も少し耳をすませば、彼らの息遣いや鳴き声が聞こえてくる。 わんわん。 にゃーにゃー。 ぐるるんっ。 ちちちっ、ぴぴぴぴっ。 がうがう。 うおっ!? くっ……ぬぅっ!! 「?」 今、動物たちの声に混じって、誰かの声が聞こえたような。 その声は今世界で一番聞きなくなくて、同時に世界で一番聞きたい声だったような。 「…………?」 気になったので、その声のした方向に振り向いてみる。 もしかしたら賊が侵入してきたのかも知れないので、手には杖を持っておくのも忘れない。 そしてカトレアなりに警戒しつつ、おそるおそる振り向いてみれば……。 「このっ……ええい、やめろ、のしかかってくるな!」 ユーゼス・ゴッツォが、カトレアの飼っている数々の動物たちとたわむれていた。 ……もっとも見ようによっては、様々な種類の動物たちの群れに、一方的に襲撃されているようにも映ったが。 「……………」 呆然とするカトレア。 目の前で展開されている光景と思考が追い付かない。 取りあえずカトレアが思いついたことは、 (―――ユーゼスさんは、どうやってこの部屋に入ってきたのかしら?) こんなことだった。 ……いくら今のカトレアが落ち込んでいるとは言え、扉を開けて部屋に入ってくる人間に気付かないほど注意力散漫ではない。 と言うか、この部屋には鍵をかけていたはず。 万一にでも侵入者が来た時のことを考慮した、『アンロック』も効かない特別製の鍵。 そんな鍵がユーゼスに開けられるとは思えない。 力づくで入ってきた形跡も見られないし、だとしたらどんな手段を使ってこの閉ざされた部屋に現れたというのか。 壁の外側から内側までの距離も障害物も無視して、部屋の中にいきなり出現した―――とかいうのであれば話は別だけれど、そんなことはどんな系統の魔法でも不可能だ。 ……いや、確か、ある地点とある地点とを結ぶマジックアイテムが存在すると聞いたことはあるような気がするが、少なくともこの部屋にそんなものは存在しない。 「―――――」 だが、そんなことは些細な問題だ。 ちっとも些細じゃない気もするが、とにかく一番重要なことはそれではない。 ここで重要なのは……。 「……どうしてここにいるんですか、ユーゼスさん?」 そう、これだ。 『どうやって』よりも『どうして』。 ここに、カトレアの部屋に彼が来た理由。 それが知りたい。 「…………それを答えるのは構わんが、その前にこの動物たちを退かしてもらいないだろうか」 「あら」 言われてあらためて気付いたが、ユーゼスは多くの動物たちにのしかかられている。 これではマトモに話も出来まい。 いつもはこの動物たちが昼寝をしている時間に診察をしているので、あまり意識することはなかったのだが。 「ほらほら。お客さまが来て嬉しいのは分かるけれど、あんまりじゃれつき過ぎちゃダメよ」 カトレアにそう言われて、ユーゼスにまとわりついていた動物たちは次々に離れていく。 後に残されたのは、少々身なりが乱れた銀髪の男だけだ。 「大丈夫ですか?」 「うむ。怪獣と格闘をしている時のウルトラマンの気持ちが少し分かった気がする」 「はい?」 こんな風に、たまによく分からないことを言うのは彼の癖なのだろうか。 まあ、それはそれとして。 「……さっきの私の質問に、答えてほしいんですけれど」 「分かった」 ユーゼスは少々よろめきながら身体を起こすと、乱れた髪や白衣を手で軽く直し、カトレアの正面に立つ。 そして。 「これだ」 懐から銀色に光るブレスレットを取り出し、カトレアの前に差し出した。 (……きれい) そのブレスレットを見た、カトレアの素直な感想である。 神秘的な印象すら受けるその輝き。 そして、巧みさは感じられないものの丁寧さを感じさせるデザイン。 外の世界を知らないカトレアにはよく分からないが、まともに買ったらそれなりの値段はするだろう。 とは言うものの……。 「それがどうかしたんですか?」 『このブレスレットが自分の部屋に来た理由だ』と言われても、いまいちピンとこない。 ユーゼスの性格からして、買ったものを見せびらかしに来たというわけでもないだろう。 一体何なのかしら……などと考えていると。 「……これをお前に渡しに来た」 「え?」 ユーゼスの口から、とんでもない言葉が発せられた。 「こういうことは初めてなのでな。渡し方に何か間違いがあったらすまないのだが」 「……………」 何が何だか分からなくなる。 自分に用事があるのだろう、とは思っていた。 この部屋にいるのは、自分の他には動物たちだけ。 ユーゼスが動物たちに用事があるわけはないから、カトレアに対して何らかの用事があるのは自明の理だ。 けれど。 だからって。 いえ。 ちょっと待って。 これって。 つまり。 いわゆる。 ―――その、殿方からの贈り物、というやつではなかろうか。 「…………え、ええ!?」 たっぷり間をおいた後、驚くカトレア。 どちらかと言うとおっとりしているカトレアの性格上、こうやって『声をあげてまで驚く』という行為はかなり珍しかった。 「それほど驚くほどのことか?」 「あ……い、いえ、ごめんなさい。その、ちょっと予想してなかったものですから」 「そういうものか」 いくつかのパーツで構成されているブレスレットから、チャラ、と金属音が響く。 そう言えば、ユーゼスの手はブレスレットをカトレアに差し出したままだ。 いつまでもこのままにしてはおけない。 「…………っ」 おずおずと自分も手を伸ばし、ブレスレットに触れようとするカトレア。 ……何だか緊張する。 そしてチラリとユーゼスの顔を見てみれば、やっぱり全然緊張していないように見えた。 (もう……) そんな彼の態度にやきもきしてくる。 まあ、分かってはいるのだ。 彼自身は、その……『そういう意図』を込めたのではない、ということくらいは。 でも、父以外の男性からこうやってプレゼントを贈られるなんて、初めてだし。 どうやったのかはよく分からないけれど、ユーゼスさんは『私のために』ここに来てくれたんだし。 だから、ちょっと動揺とか逡巡とかがあったって、仕方がないのだ。 と、そんな風にカトレアは自分自身に言いわけしていた。 「…………あら?」 いや、ちょっと待って。 さっきユーゼスさんは『こういうことは初めて』って言ってたわ。 つまりこうやってプレゼントを渡したのは、私が最初。 ……私が、初めて。 誰よりも先に。 ―――エレオノール姉さまよりも、先に。 この私が。 ユーゼスさんの、初めての――― 「…………む」 そんなカトレアの内心の複雑な動きをユーゼスは曲解したらしく、差し出したブレスレットを取り下げ、 「気に入らなかったか? それなら別の」 「い、いいえ、とっても気に入りましたっ。ですから、ユーゼスさんの初めてのプレゼントはありがたく貰っておきますっ」 ……ようとしたところでカトレアに慌てて引き止められ、少々強引に受け取りが完了する。 「うむ」 ユーゼスはカトレアにしては積極的な行為に少々驚きつつ、受け渡しが済んだことに満足したようだった。 「よいしょ、と」 カトレアは早速ブレスレットを左手首に装着し、ユーゼスに見せるようにその手を軽く掲げる。 「ありがとうございます、ユーゼスさん。大事にしますね」 「ああ、そうしてくれれば私も作った甲斐がある」 「……え、これってユーゼスさんが自分で作ったんですか?」 「そうだ」 「まあ」 てっきりトリスタニアあたりで買って来たとか、そうでなくてもどこかの職人に依頼したと思ったのに、意外な製造元である。 しかし……そう考えると、何だかこのブレスレットがとても特別なものに思えてきた。 「ユーゼスさんの手作り、かぁ……」 「『手』で作ったわけではないがな」 そんな呟きも耳には入らず、カトレアは左手首のブレスレットをチャラチャラといじったり、色んな角度から見たりする。 その顔は夢中になっていると言うか、『にへらー』としていると言うか、うっとりと言うか、とにかくそんな感じに緩んでいた。 「うふふ……ユーゼスさんから、初めて……もらっちゃったぁ……」 一方、カトレアを恍惚とさせた張本人であるユーゼス・ゴッツォはと言うと。 (ふぅむ……何気なく作ったものだと言うのに、あれほど機嫌がよくなるとは……) ラ・ヴァリエール家次女のこんな恍惚っぷりを見て。 (……成程。このようなプレゼントは、女性に喜ばれるものなのだな) 余計な知恵をつけていたのであった。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6060.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 ―――男は、目の部分が4つ存在する異形の仮面を使い、素顔を隠した。 そして『彼ら』について研究を始め、その素晴らしさに傾倒していく。 ……だが『彼ら』は、男が直接目にした時、直接目にした場所を最後に、その姿を消していた。 どうすれば『彼ら』にもう一度遭遇が出来るのか……。 どうしれば『彼ら』が存在した時点まで、時をさかのぼることが出来るのか……。 それだけを考えている内に、一つの転機が訪れた。 「フ、フフ……そういうことか……そういうことだったのか。何という偶然……これが因果律の成せる業か……。 私の全知識が急速に紡がれていく……それが結集して一つの形になる……私は知っている……。 ……デビルガンダムはこの私が創り出したモノだったのだ!!」 未来の自分から、過去の―――現在の自分へと送られたヒント。 地球の環境再生を目的として作られたと推察され、明らかに『あの時点』での地球の技術レベルを超えた物。 それが未来からやって来ただろうことは予測の範疇だったが、まさか自分が送り込んだとは……。 「あとは……クロスゲート・パラダイム・システムを完成させるだけだ……。 だが……時空間のゲートを検出する方法だけが……分からない」 成功は確信している。 なぜなら他でもない自分自身が、未来において時空間跳躍を成し遂げている証拠があるのだ。 しかし、それを成し遂げる方法が、どうしても解明出来なかった。 ―――その解明方法は、意外な存在によってもたらされる。 「お前の名前は?」 「……余は、ラオデキヤ・ジュデッカ・ゴッツォ」 「ゴッツォ……? 私と同じ名……何者だ?」 「……次元を超え、並行宇宙を超え、お前と因果律で結ばれた者……。 余は別の宇宙でお前に創り出された者……。そして、お前はこの宇宙で余に創り出される者……。 余とお前は、並行宇宙を超えた因果の鎖で結ばれている。我々は運命共同体なのだ」 自分の運命共同体と名乗る、銀髪の男。 「運命共同体だと……貴様は一体何をしに来た?」 「お前へ啓示を与えに」 彼は、男の目的を正確に理解しているようだった。 「別次元で余という存在を確立させるために……お前のシステムをより完全な物に近づけてやる」 「クロスゲート・パラダイム・システムをか!?」 「そうだ。このズフィルード……ジュデッカの機体フレームを使えば、時空を超えることが出来る。 そしてお前の目的を、野望を達成するがいい。その行為は別の宇宙に存在する、お前と余の存在を確立することになる……」 ―――思わぬ協力者の助力もあり、長い時間はかかったがシステムは完成した。 男は自らの複製を作り、その複製に全てを任せる。 「行け……光の巨人の力を手に入れるために……。 私の過去を抹消するために……。 そしてお前は私の身代わりとなって……死ぬのだ」 仮面の男の眼前にひざまずいている、その『複製』の顔は――― (―――ユーゼス?) ルイズの使い魔と、全く同じだった。 だが髪の色が違う。青い。 ……何より、雰囲気が違う。 彼女の使い魔は確かに感情が薄いが、それでもあのように虚ろな顔はしていない。 そう、まるで人形のような……。 「起きろ、御主人様」 「……んぅ……?」 ゆさゆさ、と身体を揺らされる感覚。 ボンヤリと目を開け、目覚めてから最初に見たのは、使い魔の顔だった。 髪の色は、自分のよく知る銀色である。 「どうした? 私の顔をじっと見て」 「……何でもないわ」 反射的に『ねえアンタ、自分とソックリな人間に心当たりある?』と尋ねそうになってしまったが、やめた。 それを聞いてしまうと―――何か、この使い魔との関係が壊れてしまうような気がしたのだ。 「今日は可能な限り早い内に、フーケの隠れ家とやらに向かうぞ」 「分かってるわよ」 そうして、ユーゼスの手で着替えと洗顔、髪を梳いてもらい、食堂に向かう。 ……心のどこかに、引っかかりを感じたまま。 『6人』は、タルを10個ほど積んだ馬車に乗って出発した。 なお、メンバー構成はルイズ、キュルケ、タバサ、ユーゼス、ミス・ロングビル、そして馬車を操る御者である。 「やっぱり体調が悪いみたいね、ミス・ロングビル……」 心配そうに呟きながら、タルから離れた位置で眠るミス・ロングビルを見るキュルケ。 本人曰く『フーケとの戦闘があると思うと、緊張して眠れなかった』らしく寝不足のようで、今はタルから離れた場所ですうすうと寝息を立てている。 なお、タルから離れた位置であるのは『仮にもフーケであるかも知れない疑惑がかけられているからな。タルから水を抜かれでもしたら、その時点でフーケであることが確定するが……。まあ、離しておくに越したことはないだろう』というユーゼスの提案による処置だった。 これにミス・ロングビルは顔をわずかに引きつらせたが、『ま、まあ、それもそうですわね』と納得して、少しだけ悔しそうに眠りについた。 そんな様子を見たルイズは無礼な使い魔を叱り、『こんな無礼な平民に無礼なことを言われても大して気に留めないなんて、ミス・ロングビルは素晴らしい女性だわ』と尊敬の眼差しを向けたりしていた。 (……美しい) 深い森の中、馬車に揺られながらユーゼスは素直にそう思った。 屋根のないタイプの馬車であるため、外の景色がよく見える。 考えてみれば、こうしてゆっくりとハルケギニアの自然を目にするのは初めてだ。 大気も汚染されておらず、生態系は極めて正常、人工的な科学物質などほとんど存在していない。 ユーゼスにとって、このハルケギニアはある意味、理想郷である。 だと言うのに、主人を始めとする少女たちは、『薄暗い』というだけでこの森を気味悪がっている。 (この森の価値が理解出来ないとは、愚かな……) 『環境汚染』などの概念が存在していない世界なのだから仕方がない、と言えばそれまでだが。 ―――なお、彼の周囲にいる女性たちもそれぞれ美少女・美女と呼ばれる類の美しさを持っているのだが、彼にとって『人間の美醜』など大して価値がなく、彼女たちに対しては特に心が湧き立つことなどは無かった。 馬車は少し狭い道をやや強引に進み、やがて開けた場所に出る。 広さは、おおよそ魔法学院の中庭程度。 その中心に、ミス・ロングビルの証言どおりに廃屋が存在した。 「ミス・ロングビル、起きてください」 ルイズがミス・ロングビルの肩を叩き、覚醒を促す。 ミス・ロングビルは『ふあ……ん、ぁ……?』と小さな声を上げて覚醒すると、すぐにブンブンと頭を振って意識をハッキリさせる。 そして廃屋を見て、自分の聞いた情報と照らし合わせた。 「……私の聞いた情報だと、あの中にいるという話です」 茂みに隠れながら、ひそひそと話すミス・ロングビル。 ちなみに馬車の手綱をここまで操ってきた平民の御者には『ゴーレムが出たら、馬車を置いてすぐに逃げなさい』と言い含めてある。 廃屋には、人のいる気配は全くない。 「……いると思う?」 「さすがにここからじゃ、よく分かんないわね……」 いないとしたら、これ以上の好機はない。 いるとしたら、奇襲をかけるしかない。 ……取りあえず偵察を出して、中にフーケがいれば挑発して外に出し(室内では土ゴーレムは作れない)、その瞬間に魔法で集中攻撃、これを仕留めるという案が出された。 偵察役を兼ねた囮役は、ユーゼスである。 「…………まあ、貴族に囮をさせるわけにも行かないのだろうな」 仕方がないので、剣を抜いてルーンを発動させる。 ユーゼスは身体能力の強化を確認すると、慎重に廃屋へと近付いていく。 (……いない、のか?) 気配を読むような技能は持ち合わせていないので、窓から直接覗いて様子を見る。 小屋の中は、無人。 テーブルの上に酒ビンが転がっている他には、薪が積み上げられている程度で、他に目立った点は――― (―――いや、アレか?) その薪の隣に、少し大きめの箱がある。あの中に『あの鞭』があると見るべきだろうか。 ……取りあえず、誰もいないことをボディランゲージで伝えて他の面々を呼ぶ。 4人は警戒しながら近付いてきて、ユーゼスと合流した。 タバサがドアに向かって『ディテクト・マジック』をかけて、ドアに罠がかけられていないか確認する。 「罠はないみたい」 中に入っていくタバサ。それに続いて、キュルケとユーゼスも中に入った。ルイズとミス・ロングビルは外で見張りを担当するらしい。 そして、3人で箱の中身を確認する。 「……やはりな」 ユーゼスがポツリと呟く。 「『やはりな』、って……そう言えばこの鞭の名前を聞いたときも反応してたわね、あなた。コレのことを知ってるの? どうやって使うのか、とか」 「そうだ。これはマジックアイテムなどでは―――」 キュルケの質問に答えようとしたその時、 「キャァアアアアアア!!」 「き、きゃあ~!」 外で見張りをしていたルイズの甲高い悲鳴と、ミス・ロングビルの少しぎこちない悲鳴が響いた。 バコォーーーーーン!! 3人が悲鳴を聞いて振り向いた瞬間、廃屋の屋根が盛大に吹き飛ぶ。 見晴らしが良くなったため、屋根を吹き飛ばした犯人の姿もまたよく見ることが出来た。 「ゴーレム!?」 「……!」 キュルケが叫び、タバサが身構える。 それは、確かにゴーレムだった。 大きさは約25メイルほど。 その身体を構成する材質は、 「て、鉄で出来てるじゃないの!? 鉄の場合は10メイル前後じゃなかったの!?」 「……ひとまず退却」 「賛成だ」 鉄で出来た巨大ゴーレムから逃れるため、全速力で駆け出す3人。 少し離れた位置から鉄のゴーレムを見ていたユーゼスは、逃げ出しながらも弱点と思しき関節部を真っ先に注視していた。 「……む?」 腕を振り上げる鉄ゴーレムの肘から、何か粉のような物がパラパラと落ちているのが見える。 「…………ふむ」 そしてルイズとミス・ロングビルの姿を発見し、とにかく2人と再び合流した。 見ると、ルイズは震えながらもゴーレムをじっと見ており、ミス・ロングビルはしっかりと杖を手に握ってはいたが身体がすくんで動けないようである。 「ど、どうすんのよ、どうすんのよ!? 鉄であのサイズなんて、完全に想定外じゃない!! これじゃいくら水があっても効果ないし、どうしろってのよ!!?」 「落ち着いて」 振るわれるゴーレムの腕や足を避けつつ、ヒステリックに叫ぶキュルケをタバサがいさめる。 「……や、やっぱり逃げますか?」 「逃げるにしても動きを止めてからだな。さて、どうしたものか……。……御主人様、何をするつもりだ?」 ミス・ロングビルもまた落ち着かない様子であり、ユーゼスも少し焦り始めていた。しかしルイズが杖を振り上げる様子を目にして、思わず声をかける。 「アイツを……、あのゴーレムを倒してフーケを捕まえれば、誰ももうわたしを『ゼロ』なんて呼んだりは……!!」 (……いかんな) 切羽詰まったと言うか、追い詰められた人間の目をしている。 「冷静になれ、御主人様。倒すにしても、一度は引いて―――」 「うるさいわね!! あんたの考えた策も、結局は役立たずだったんだから、そこで黙って見てなさい!!」 ユーゼスの静止も聞かず、ルイズは魔法を詠唱し、杖を振る。 ……鉄ゴーレムの胸のあたりで失敗による爆発が起こるが、大してダメージは与えられないようだった。 しかし、 ピシ……ッ ルイズが起こした爆発点を中心に小さく、しかしハッキリと鉄の身体にヒビが入る。 「……………」 それを見て、ユーゼスは自分の予測を裏付けるための行動を起こす決意をした。 「……足の関節を狙う」 タバサが早口で詠唱を開始すると、馬車に積んであったタルのフタを吹き飛ばして水が宙に浮く。 そして、水が氷へと変わり始め、 「待て、ミス・タバサ」 本格的に攻撃に移ろうとした手前で、ユーゼスに止められた。 「……鉄の場合は関節を狙え、と言ったのはあなたのはず」 「少し、確認したいことがある。……ミス・ツェルプストー」 「何よ!?」 「この鞭の『使い方』をお見せしよう」 「……え?」 言って、鞭の柄の部分を右手で掴む。 左手のルーンが反応し、鞭の『使い方』が頭に流れ込んで、身体がそれを再現しようとする。 「……………」 集中し、狙いを定める。 目標はルイズがつけたヒビ。 目的は倒すことではなく、あのゴーレムの中身を確認すること。 振るうイメージは、既に頭の中にある。 何しろ、自分で受けたことのある攻撃なのだから。 「はあっ!」 掛け声と共に高く飛び上がり、鞭を振るう。 高速で繰り出されたそれは、一度、二度、三度、四度と鉄の身体にぶつかって、小気味よくリズムを奏でた。 「……っ」 着地するユーゼス。 ……強く鞭を振るった腕が痛む。やはり、自分には肉体を使った直接戦闘は向いていない。 それ以前に、この鞭は神技級の技術を持つ鍛え抜かれた達人が、更に強化服を身にまとって使う武器である。 ルーンで多少強化されているとは言え、ユーゼス・ゴッツォ程度に扱いきれる物ではないのだ。 ともかく、攻撃の成果を確かめるべく鉄ゴーレムを確認する。 「……あ、ゴーレムの鉄が、はがれて―――ええ!?」 『本来の持ち主』が振るえば、鋼鉄ですらコマ切れに出来るような武器である。その効果自体にユーゼスは驚かない。 ルイズたちも、『英雄が使ったマジックアイテム』という認識だったので『本来の力が発揮されれば、こんな威力があるのか』程度の認識でしかない。 驚いたのは、鉄ゴーレムの『中身』を目撃したためである。 「つ、土?」 そう、鉄ゴーレムの中身は、土で満たされていた。 ―――これぞ怪盗『土くれ』のフーケが夜も寝ないで、ついさっきまで寝てまでして考えた策。鎧ゴーレムである。 水で濡らさないためには、水を弾く素材で包めば良い。 その素材が頑丈ならば、なおのこと良い。 ……この解決策のヒントを得たのは、徹夜明けで朝食に出されたサンドイッチからであった。 サンドイッチを掴みながら、いきなり『これだー!!』と叫んだので、食堂にいた周囲の人間たちから妙な視線で見られるハメになったが、それはこの際どうでも良い。 30メイルのゴーレムを作るだけで精神力はほぼ使い切ってしまうので、サイズは25メイル程度にとどめ、残った精神力を使ってゴーレムを鉄でコーティングする。 さすがに関節部分にはスキマが出来てしまうため、そこから漏れた土でユーゼスに正体を看破されてしまったが……。 ともあれ『耐水』と『耐久』を両立させた、なかなかの出来だとフーケは自負していた。 (……しかし、これじゃ『土くれ』じゃなくて『鎧』のフーケになっちまうねぇ) 慌てふためく魔法学院の生徒たちを見ながら、フーケは『改名した方が良いか』などと心の中でこっそり苦笑する。 しかし。 「……予想通りだな。解決策は見えた」 「えっ?」 右腕を左手で押さえながらも平然と言い放つユーゼスに、ミス・ロングビルは困惑の声を出してしまう。 あのマジックアイテムの鞭を使って『鎧』を剥がしていくのか、と考えた。しかし、仮に昨晩の作戦通りに片足だけに攻撃を集中するにしても、そんなことをチマチマやっていては時間がいくらあっても足りはしまい。 それに、腕を抑えている様子からして、あの鞭には副作用があるらしい。 (……あまり使い勝手の良い武器じゃない、か) あわよくば自分が武器として使えれば……とも思ったが、どうやらそれはやめておいた方が良さそうだ。 「ど、どうすると言うのですか?」 見極めも終わったので、そろそろ引き上げ時だろうか―――とも思ったが、あのゴーレムを倒す策とやらには興味がある。 ユーゼスは鎧ゴーレムの踏み付けや、地面を叩く掌から逃げ続けるキュルケに向かって、指示を飛ばし始めた。 ……なぜ、自分とミス・ロングビルがいるこの地点に攻撃してこないのか不思議ではあったが、攻撃がないのならば安心して指示も出せるというものである。 「ミス・ツェルプストー! 左右どちらでも構わん、足に火炎放射を行え!」 少し離れた位置にいるので、叫んで指示を行う。 「え!?」 「逃げたいのならば、私の指示に従うことだ。失敗したら、私をお前の炎で焼いても良い!」 ……失敗したらどの道、皆殺しにされるじゃないかとも思ったが、何もしないよりは確かにマシかもしれない。 「ったく、何するつもりか知らないけど、失敗なんかしたらホントにこのゴーレムがやるより先にアンタを焼いてやるわよ!!?」 言いつつ、キュルケは全力で鎧ゴーレムの鉄の左足に向かって炎をぶつける。 動きながら放つ魔法のため今ひとつ威力が乗らないが、それでもジリジリと鉄が熱されていく。 「……まさか炎の熱で、鉄を溶かすつもりですか?」 「さすがにそこまで悠長ではない」 トライアングルクラスの火の使い手と言えど、鉄を融解させるまで熱するには多大な時間と精神力が必要になる。 随分と単純な手を使うものだ、と思ったミス・ロングビルだったが、どうやらこの平民の策はそれとは異なるらしい。 「ちょ、ちょっと、いつまで炎であぶってればいいのよ!?」 悲鳴のような抗議を上げるキュルケの言葉を聞き流し、ユーゼスは熱される箇所に神経を注いでいた。 そして、その部分が炎の熱によって赤く色づき始めた時、 「火炎放射はそこまでだ! ……ミス・タバサ、ミス・ツェルプストーが熱した箇所に『アイス・ストーム』を使え! タルの水は一切使うな!」 炎が止まり、更にユーゼスが次の指示を飛ばす。 タバサは一瞬戸惑ったが、昨夜の作戦会議の内容を思い出して、この平民をひとまず信用してみることにした。 「……ラグーズ・ウォータル・デル・ウィンデ!」 赤熱した箇所に、氷の嵐がぶつかる。 ジュウジュウと蒸発していく氷。 「―――あの、せっかく熱した箇所を、冷やしてどうするんです?」 「それが目的だ」 「?」 ミス・ロングビルの質問に答えるユーゼスだったが、質問した彼女はその『回答の意図』の理解が出来ていない。 ピ……キッ 何かにヒビが入る音が、小さく―――しかし確かに聞こえた。 「よし、アイス・ストームはそこまでで良い! ……御主人様!」 「何よ!?」 ユーゼスがキュルケとタバサに出す指示など気にも留めず、ルイズは鎧ゴーレムに攻撃を放ち続けていた。 しかしその爆発は、鎧ゴーレムの鉄の身体にわずかなヒビを入れるだけで、致命傷には遠い。 「ゴーレムの左足に『ファイヤーボール』を当てられるか!?」 「なっ……御主人様に命令するつもりなの、アンタ!? 使い魔の分際で!!」 自分の従僕たる存在であるはずのユーゼスの指示通りに動くのが不服なのか、ルイズはあからさまに不満な声を出す。 キュルケがそんなルイズに『取りあえずでいいから、今は指示に従えってのよ!』と叫ぼうとする。 しかし、それより先にユーゼスが言葉を発した。 「……そうか、つまり『当てられない』のだな。―――まったく、『貴様』になど期待した私が馬鹿だった」 「な……!?」 舌打ちしながら、痛んでいない左手で鞭を握る。 「所詮、ゼロのルイズは『ゼロ』でしかなかったか」 「な、な、なななな……!」 やれやれ、とこれ見よがしに溜息を吐きながら、標的に得物をぶつけるために構える。 「まあ良い。『貴様』はそこで―――」 ドガァアアアアーーーーーーーーーーンンン!!!! セリフの途中で、鎧ゴーレムの左足が盛大な衝撃に見舞われた。 ふと視線をその爆発の『発生源』に向けると、ユーゼスの御主人様はプルプルと声と身体を震わせながら、彼を睨みつけている。 「ご、ごご、御主人様に向かって、御主人様に向かって、その口の利き方!!」 ルイズの顔は紅潮し、目は血走り、口はわななき、歯は食いしばられていた。 「こここ、この使い魔ったら、ごごご、御主人様に、ななな、なんてことを言うのかしらぁ~~!!?」 しまった、とユーゼスは後悔した。 「そ、そこを動くんじゃないわよ、いいわね!!?」 「……待て、御主人様。今の言動は、『お前』の行動を促すためのものであって、決して本心から言ったわけでは―――」 後ずさりながら、鎧ゴーレムの左足を確認するユーゼス。 ―――その部分を覆っていた鉄は、ほとんどバラバラに砕けている。 自分の目論見が成功したことを『当然』と思いつつも、しかし眼前に迫る新たな危機に対して、対策を立てねばならない。 「あ、あの、どうしてゴーレムの鉄が……!?」 ミス・ロングビルが驚いた様子で尋ねてくるが、それに答える余裕もない。 「……ミス・タバサ、私はこちらの方向に逃げる。事が済んだら使い魔で拾ってくれ」 こくり、と頷くタバサ。 そして次の瞬間、 「ユゥゥゥゥゥウウウウウウウウゼェェエエエエス!!!」 主人の絶叫を合図に、使い魔は全速力で逃げ出した。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8304.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 シティオブサウスゴータ。 かつてはサウスゴータ家が治め、そのサウスゴータ家が取り潰しにあってからはアルビオン王家が治め、その王家が潰れたら今度は神聖アルビオン帝国が治め、そうかと思えばトリステイン・ゲルマニア連合軍が奪い、更にまた神聖アルビオン帝国に奪い返された都市である。 ここ最近やたらと支配者が移り変わっている、不遇と言うか数奇な自分の生まれ故郷を、マチルダ・オブ・サウスゴータは複雑な思いで『ネオ・グランゾンのコクピットの中から』見下ろしていた。 もう少し正確に言えば、『ネオ・グランゾンのコクピットに映し出された映像を見ていた』。 「……懐かしいと言えばそうだけど……何だかね」 「その郷愁は分からないでもありませんが」 思わず口から漏れた呟きに、傍らにいるシュウ・シラカワが応えた。 ちなみに、今彼らが乗っているネオ・グランゾンには『副座』などという気の利いたものは備わっていないので、自動的にマチルダがシュウの膝の上に乗らざるを得ない形になっている。 これにはさすがのマチルダもうろたえたのだが、当のシュウは涼しい顔。 と言うか、全然気にした風もない。 …………微妙に女としてのプライドが傷付けられたが、そこはグッと堪えた。 そう言えばコクピットの隅の方で、チカが『うわあああ、ティファニア様をどう誤魔化せば』とか言いながら翼で頭を抱えているが、何の話なんだろう。 まあ、自分には関係なさそうだから放っておくけど。 「どの辺りまでの土地を『サウスゴータ』と言うのですか?」 「この『シティ』から、大体30リーグくらい離れた……ああ、この山脈あたりまでだね」 マチルダは、コクピットに表示された周辺の地形図を指差してそう説明する。 と、そこで彼女は疑問を覚えた。 「シュウ、質問していいかい?」 「私が答えられるものであれば、どうぞ」 「いや……、このネオ・グランゾンの……こくぴっと? に映し出されてる、えっと、『もにたー』だっけ? それに書かれてるのって、アンタの故郷の文字なんだよね?」 「そうです。より正確に言うのならラ・ギアスの文字ではなく、地上の文字ですが」 このネオ・グランゾンの前身であるグランゾンは、そもそも地上……いわゆる地球で造られたのだから、モニターやコンソールの表示にそこの文字が使われているのは当然である。 「……よく分かんないけど、とにかくハルケギニアで使われてる文字とは違うわけだ」 「ええ」 「それじゃ、使ってる文字が違うのに、私たちとアンタとでどうして言葉が通じるんだい? 少なくとも私はこの文字が読めないわけだから、言葉も違っていなきゃおかしいじゃないか。…………今更だけどさ」 「ああ、そのことですか」 シュウは生徒にものを教える教師のようにしてマチルダに説明した。 「これはラ・ギアスから地上人が召喚される場合の話ですが、『召喚される人間』は召喚時に言葉を翻訳する魔法がかけられるのです」 「ってことは……」 「おそらくは私が召喚された時にも、私に対して似たような魔法がかけられたのでしょうね。ティファニアが使った召喚のゲートには、そのような効果を付与する機能があるのでしょう」 「はあ、成程。……ん?」 そうなると、新たな疑問が出て来る。 「だったらアンタがハルケギニアのガリア語の本を、スラスラ読めるのはどうしてさ」 「? 文字の読み方ならばティファニアに教えてもらいましたが」 「……………」 サラッと言うシュウ。 確かこの男は、自分ですら何を言っているのかよく分からない本をパーッと流し読みしていたような気がするが……。 「……一応聞いておくけど、習得するまでどのくらいかかった?」 「5日ほどです。その間、ティファニアには迷惑をかけてしまいましたね」 「……………………ああ、そう」 いくら『言葉が通じる』とは言え、まっさらな状態から勉強を始めて5日ほどでマスター。 驚異的なスピードだ。 早過ぎると言っていい。 どのくらい凄いのかと言うと、産まれも育ちもハルケギニアのマチルダが23年かけて培ってきた語学力を、このシュウ・シラカワはわずか5日で追い抜いてしまったということである。 (……いや、コレは深く考えるとダメな気がするね、うん) 今、自分が体重を預けている男は、ひょっとしてとんでもない人間なんじゃなかろうか。 そんなことを今になって自覚してきたマチルダは、やや強引に話題を変えることにした。 「えっと……その、それにしても、本当に大丈夫なんだろうね? 見たところ、見張りの連中がウヨウヨいるみたいだけど」 マチルダは別のモニターを指差しながら、目の前にある不安材料を提示する。 そのモニターが映すのは、シティオブサウスゴータの外れにあるレンガ造りの建物だ。 何でも、その建物には現アルビオン皇帝クロムウェルが直々にやって来ており、そこを司令部としてトリステイン・ゲルマニア連合軍の追撃を指揮しているとか。 仮にも『皇帝』を名乗る人間が随分と軽率な行動だが、件の建物にはこれ見よがしに神聖アルビオン共和国の議会旗がはためいており、しかも周辺にはかなりの数の竜騎士や警備の兵たちが確認出来る。 裏付けの材料としては、まあまあと言うところか。 しかし。 「こんなバカでかい図体した、ええと、ガーゴイルじゃなくって、なんだっけ」 「ロボット、機動兵器、アーマードモジュール……好きなように表現していただいて構いませんよ」 「そうそう、こんな『ろぼっと』が堂々と空を飛んでるんじゃ、見つけてくれって言ってるようなもんじゃないか」 「その点ならば心配はいりません。この『隠行の術』は持続時間と持続空間を絞り込めば、姿や物音はもちろん、完全に気配まで消すことが出来ますからね」 「……………」 もうワケが分からない。 いや、まあ、間違いなく目で直接確認が出来る距離までこっちが接近しているのに、見張りの騎士や兵士たちは全然こっちに気付いていないということからして、確かにそういう効果はあるらしいとして、だ。 何と言うか、あまりにも凄過ぎないだろうか? いくらハルケギニアとは違う世界からやって来たとは言え、この男は……。 「それではあの砦の近くへ停めて、中に忍び込みましょう。マチルダ、案内はお願いしますよ」 「……ああ、分かったよ」 打ち切ったはずの思考が再開しかけて来たところでシュウから声をかけられ、マチルダは再び我に返る。 今はあの砦に侵入して、クロムウェルから『アンドバリ』の指輪を取り返すことが先決だ。 ―――取りあえず、今は。 かつてマチルダの実家が太守を務めていた、サウスゴータ地方。 彼女にとってこの土地一帯は庭みたいなものであり、同時に遊び場のようなものである。 と言うか、現在忍び込んでいるこの砦は子供の頃、実際に遊び場に使っていた。 実際に街を治めていたのは議会だったし、名ばかりの太守ではあったが、そのくらいの融通は利いたのだ。 しかし、そんな昔懐かしい場所に忍び込むことになろうとは、子供の頃はもちろんサウスゴータの地を追い出されて以降も、全然思っていなかった。 (……ま、感傷にひたろうってわけでもないけどさ) それでも複雑な気分であることは確かだ。 とっくに吹っ切ったと思って―――思い込んでいたのだが、意外とマチルダ・オブ・サウスゴータという人間は未練がましいらしい。 「っと、あそこだよ」 そんなことを思いながらシュウと一緒に歩いていたら、目的の部屋の前にたどり着いた。 マチルダの記憶にある限り、この砦で最も広く、内装も豪華だった部屋である。 この砦の中にクロムウェルがいるとすれば、あの部屋が最も可能性が高いだろう。 「……いると思いますか?」 「さあ、そこまでは知らないよ。ドアを開けてみて、いたらそれで良し。いなけりゃまた探すしかないんじゃないかい?」 「それも仕方がありませんか」 今後の方針はそれでいいとして、目的の部屋の前には見張りの兵が二人ほど立っていた。 いくら『隠行の術』とは言えドアや壁をすり抜けられるわけではないため、どうにかして退いてもらう必要がある。 マチルダが『スリープ・クラウド』でも使えれば話は早かったのだが、あいにくと彼女は土メイジであって、水系統の呪文である『スリープ・クラウド』は使えない(水系統そのものが使えないというわけではないが)。 と、なると……。 「チカ、行ってらっしゃい」 「あ、やっぱり。待ってました! いやー、このまま出番なしで終わると思っちゃったじゃないですか、もう」 シュウの肩に乗っていたチカが、嬉しそうに翼をはためかせる。 「やり過ぎないようにしてくださいよ。騒ぎを大きくして、他の見張りに来られては困ります」 「はーい。モニカ様の時と同じ手でいいですかね?」 「……あまり多用する方法じゃありませんが、いちいち手段を選んでいる場合でもないですからね。構いません」 「了解でーす」 パタパタパタ、とシュウの肩から羽ばたくチカ。 「? 何のことだい、一体」 「…………見ていれば分かりますよ」 そしてチカは見張りの兵士二人へと飛んで行き……、 「ん? 何だ、この鳥は?」 「誰かの使い魔が逃げ出したんだろ」 「バーカ、バーカ!」 いきなり暴言を吐いたのだった。 これにまず反応したのは、二人の内の背の高い方である。 「何だとぉ、このやろ!」 「よせよ、たかが鳥じゃないか」 それをいさめる背の低い兵士。 「主人は誰だ? まったく、しつけがなってない!!」 背の高い兵士はそれでも憤りを抑えられないようで、顔も名前も知らないこの青い鳥の主人へと文句をこぼす。 だが、次の瞬間。 「アホ、ボケ、カス! ○×○の××××!!」 「な、何をっ!! 取り消せ!! 今の言葉は許せん!!」 またもや吐き出された暴言に、今度は背の低い兵士が過剰に反応した。 「……何ムキになってんだよ、たかが鳥だろ?」 それをいさめる背の高い兵士。 ……と、そこで背の高い兵士はあることに気付いたようで、疑いの視線を向けながら背の低い兵士に問いかける。 「それともお前、ホントに○×○で××××なのか?」 「き、貴様まで言うか!?」 見張りの兵士二人の間に亀裂が入り始めたが、チカはそんなことにはお構いなしで暴言を吐き続け、 「やーい、やーい、○○○の○○○野郎!」 そのままどこかへと飛んで行った。 「待てっ!!」 「おい、ほっとけよ! お~い……」 去って行った鳥を追いかける背の低い兵士。 更に、いきなり立ち去ってしまった相棒を連れ戻すべく、背の高い兵士もまたその場を離れていく。 「上手くいったようですね」 そんな一部始終を見ていたシュウとマチルダは、ドアの前に誰もいなくなったことを確認する。 「…………。あのさぁ、前にもこの手を使ったって言ってたけど……」 「さあ、部屋の中を確認しましょう」 (…………触れられたくないのかね) じゃあそっとしておくべきか、とマチルダもあえてそれ以上の追求はやめておくことにした。 マチルダ・オブ・サウスゴータは、それなりに空気の読める女なのである。 「失礼しますよ」 ドアを開けて中に入る。 この段階では『隠行の術』も意味を成さないため、解除済みだ。 よって、二人の姿は誰からも確認が出来るのだが……。 「なっ!? 何だ、貴様らは!!?」 中にいたのは、三十代半ばほどの男。 カールした金髪に碧眼、高い鷲鼻。 聞いていた外見に一致することから、おそらくはこの男がアルビオン皇帝クロムウェルではないかと思われた。 しかし……。 「ええい、警備の兵は何をやっていた!? この大事な時に、私に何かあったらどうすると言うのだ!?」 革命を起こして皇帝の座に就いた人間にしては肝が据わっていないと言うか、随分と態度に余裕がなかった。 よくよく見てみれば髪は何度も掻きむしったように乱れているし、頬はやつれ気味、目は血走っていて、更に大怪我でもしたのか左腕が包帯で分厚く巻かれている。 「……?」 いぶかしむマチルダ。 ともあれ、やることに変わりはない。 「神聖アルビオン帝国皇帝、オリヴァー・クロムウェル閣下ですね?」 シュウの問いかけに、ビクリと震える男。 どうやら本当にクロムウェルらしい。 「う、うぅぅ……! な、何なのだ、貴様たちは!? 一体何が目的だ!?」 「私たちの目的は、あなたの持っている『アンドバリ』の指輪です」 「『アンドバリ』の……!!?」 「ラグドリアン湖の水の精霊から、それを取り返すように頼まれましてね。大人しく渡していただければ助かるのですが……」 「フ……フン、成程な……」 相変わらず余裕のない―――追い詰められたような様子であるが、クロムウェルは薄ら笑いを浮かべ、ジットリとした視線でシュウとマチルダを見る。 「……いいだろう、見せてやる」 そして包帯が巻かれていない右手だけでゴソゴソと机の中を漁ると、その笑みを更に深くして、 「お前たちが探している指輪は……これだ!!」 その右手に嵌められた『アンドバリ』の指輪を、二人に向けた。 「!」 「きゃっ!?」 ドン、と衝撃を受けて倒れるマチルダ。 一体何が……と確認してみれば、シュウが自分を突き飛ばした姿勢のままで固まっている。 「シ、シュウ……」 「む……ぐっ!? これは……まさか、私の意思を……!?」 「フ、フハハハハッ!! 死者を操る『アンドバリ』の指輪だが、こうして生者の意思を捻じ曲げ、持ち主である私にかしずかせることも出来るとは知らなかったようだなぁ!!」 「むうっ……う……」 「ああっ……」 そう言えば、水の精霊がそんなことを言っていた。 つまりシュウは今『アンドバリ』の指輪の魔力を受け、操られようとしているのか。 「くっ……」 何とかしてシュウを助けなけないと。 しかし、迂闊に動いてしまっては今度は自分が操られてしまいかねない。 一体どうすれば……。 と、その時。 「ふいー、ようやくあの見張りを撒いてきましたよ」 開けっぱなしにしていた入り口のドアから、チカが戻ってきた。 「チカ!」 「ぬっ……使い魔か?」 「あれ? どーいう状況なんですか、コレ」 のん気なことを言うチカに、マチルダは怒気のこもった声で説明する。 「シュウがあの指輪の力で、操られかけてるんだよ!! 今は何とか抵抗してるみたいだけど、このままじゃ……」 「うげえぇっ!!?」 仰天するチカ。 しかし、いささか驚き過ぎではないだろうか。 いや、自分の主人がそんなことになっていれば、これだけ驚くのも当然か。 「ご、御主人様を操ろうとするって、なんと恐ろしいことを!」 「ああ、このままシュウが操られるようなことになったら……」 「は? 何を言ってんですかマチルダ様」 「え?」 どうも会話が噛み合っていない。 『シュウが操られる』というのは、それはもう非常事態以外の何でもないはずだ。 なのに、チカは『それとは別のこと』を恐がっているような……。 「あたしが恐ろしいって言ったのは、『これから御主人様がどうするのか』であってですね」 「?」 自分が何を恐がっているのかについて説明し始めるチカ。 だが、それよりも先に、 「ク、ククク……」 「!」「えっ?」「うわっちゃ~……」 鈍く輝く『アンドバリ』の指輪の魔力を受け、今にもクロムウェルに操られようとしているシュウから、暗い笑い声が聞こえてきた。 その顔は確かに笑顔なのだが、決して明るいものではなく、かと言って先程のクロムウェルのような嫌らしさを感じるものでもない。 まるで、何か堪え難いものを無理矢理に堪えているような、そんな笑顔だった。 「な……馬鹿な、この指輪の魔力を生者が受ければ、感情は消えるはず!! まして笑い声を上げるなど……!?」 「……そんな粗末な精神波で私を操ろうとするなど、思い上がりもはなはだしいですね。エンジェル・ハイロゥのサイキックウェーブやヴォルクルスの呪縛に比べれば、児戯にも劣ります」 「何だと!?」 「……比較対象のハードルが高いなぁ……」 ボソッと呟くチカだったが、シュウもクロムウェルもマチルダもそれに構っている余裕はなかった。 シュウは『アンドバリ』の指輪を向けられながら、一歩一歩クロムウェルへと近付いていく。 「ルオゾール以来ですか……。私の意思を操ろうなどと考えた身の程知らずは……」 「ひぃ!? そ、そんな馬鹿な!!?」 必死になって指輪を向けるクロムウェルだったが、シュウは歩みを止めない。 そしてその笑みもまた、ますます凄惨さを増していく。 「うっ……うわぁ!?」 もはや『アンドバリ』の指輪を使っても無駄だと判断したのか、後ずさって逃げようとするクロムウェル。 だがその際に足がもつれ、転んでしまった。 「『アンドバリ』の指輪の力をマトモに受けて、自分の意思を保っていられるとは……!? 貴様……ほ、本当に人間か!!?」 「……失礼な。私もれっきとした人間ですよ」 シュウはそんなアルビオン皇帝へと、手を伸ばせば触れられる位置にまで近づく。 「―――もっとも、一度ほど冥府より呼び戻された経験はありますがね」 「っ!?」 『アンドバリ』の指輪をかばうように右手を隠すクロムウェル。 その様子を見て、シュウは目を細めた。 「な、何だ!? 何をされようと、貴様などにこの指輪は渡さんぞ!! こ、これがないと、私は……私は……!」 「……ふむ。その『アンドバリ』の指輪……どうあってもこちらに渡す気はなさそうですね」 「そうだ!!」 クロムウェルはハッキリと拒絶の意思を示す。 対するシュウは、しゃがみ込んで彼と視線の高さを同じくし、真正面からアルビオン皇帝と向き合った。 「成程……よく分かりました」 あくまでも物腰は丁寧に、しかしどこか有無を言わさぬ迫力をにじませながら、シュウは話を続ける。 「では、その『アンドバリ』の指輪は、あなたの命よりも大切な物なのですね?」 「う?」 たじろぐクロムウェル。 それでも何とか胆力を振り絞ったのか、目の前の男の問いに対して途切れ途切れに答えを返す。 「……そ、そう……だ……」 「では、あなたが命を失えば、指輪は大切な物ではなくなりますね?」 「は?」 驚いたのは、傍から見ていたマチルダである。 そんなメチャクチャな理屈があるか。 クロムウェルだって、そんな言葉には首を横に振るに決まって、 「…………そ……う……、……だ……」 「ええ!?」 何と、認めてしまった。 「ど、どうなって……」 マチルダの困惑をよそに、シュウとクロムウェルの『会話』は進んでいく。 「……あなたは既に死んでいます。あなたが気付かないだけでね。 その証拠に―――ほら、もう何も聞こえないし、何も見えません」 「ぅ……あぁ……、……なにも……見えない……、…………聞こえない……。 ……私は…………死んでいる…………」 「そうです。 ですから、その指輪はもう必要ないのです。こちらに渡してください」 「……ゆびわ、は…………ひつようない…………わたす…………」 クロムウェルはのろのろとした動作で、右手をシュウに差し出した。 シュウはそれに頷くと、クロムウェルの右手の人差し指に嵌められた『アンドバリ』の指輪をそっと外す。 そしてマチルダとチカの方に振り返り、軽い調子で喋り始めた。 「終わりましたよ」 「アンタ……アイツに一体、何をしたんだい!?」 クロムウェルを見れば、ぼんやりとした様子で何かをブツブツと呟いている。 一体、シュウはこの男に何をしたというのだ。 水魔法というわけではないだろうが……。 「何、大したことはしていません。簡単な催眠術をかけただけですよ」 「催眠術?」 「ええ。彼はこれで、最低でも半年は廃人同様です」 「…………!!」 「私を操ろうとした報いとするには軽いかも知れませんが、私の素性を知らなかったことを考慮すれば酌量の余地も少しはあるでしょうし、命を奪うまではしないでおきましょうか」 「……………」 『簡単な』などと言っていたが、言うほど簡単ではないことくらいマチルダにも分かる。 最低でも半年は廃人同様。 そんなものが『簡単な』ものであってたまるか。 いや、このシュウ・シラカワにとっては『簡単な』ものであるかも知れないが、それにしても……。 「……恐ろしい男だね……」 今日見せてもらった、この男の力の断片。 それらを総合すると、もうこの言葉しか出てこない。 「あ~、こりゃもう御主人様に関わっちまったのが運のツキとしか言いようがないですね~」 ご愁傷様です、とクロムウェルに向かって呟くチカ。 どうやらこの青い鳥のファミリアは、主人のこういう行動はとっくの昔に承知していたようだ。 「さて……」 マチルダとチカのそんな言葉に気分を害した風もなく、シュウは『アンドバリ』の指輪を手にまた歩き出す。 「それでは用も済んだことですし、この砦から脱出しましょう。どうやらここは敵襲を受けるようですからね」 「え? 敵襲って……トリステインがかい?」 「さあ、そこまでは。しかし敵意を持った者がこちらに近づいてくる気配を感じますので、ここが戦火に見舞われるのは間違いないでしょう」 「おおっ、久々に出ましたね。御主人様のレーダーいらずスキル」 そんな会話をしつつ、一向は『隠行の術』を使って姿を消してから部屋を後にする。 後に残されたのは、 「…………わたし……は……、……しんでいる…………しんで…………しん、で…………」 自分が死んだという『事実』を延々と呟き続ける、神聖アルビオン共和国皇帝オリヴァー・クロムウェルだけだった。 なお、シュウたちがネオ・グランゾンに乗り込み、砦から離脱したその数十分後。 この砦はガリア両用艦隊の一斉砲撃によって、中にいたアルビオン皇帝や兵士たちごと木っ端微塵に吹き飛ばされることとなる。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6940.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 「……どういうつもりだ? 何故、このワシに刺客を放った?」 「……………」 「返答せぬつもりかっ!」 いつもの……と言うほど頻繁に見ているわけでもないが、それなりの頻度で見ている夢を、ルイズは見ている。 今回は『仮面の男』が登場しているが、それと対峙しているのは……。 「お前こそ、決別したはずの弟子に奥義を伝授して何を企んでいる」 「知れたこと! 強靭な肉体を持ったあやつを新たなコアとし、デビルガンダムを完全復活させるのだ!!」 「!!」 「そのために奥義を伝授し、ドモンを最強のファイターに仕立て上げたまでよ!」 (……確か、この……トーホーフハイって死んだんじゃなかったっけ?) ということは、また時系列が遡っているのだろうか。 どうせなら、キチンとした順番で見せて欲しいものである。 「……お前は勘違いをしている。キョウジ・カッシュ、そしてドモン・カッシュが生体ユニットとなっても、デビルガンダムは100%の力を発揮しない」 「何だと!?」 「ウルベとミカムラ博士はそれに気付き、何らかの対策を練っているようだが……。しかし、彼らでもデビルガンダムの本来の力を引き出すことは出来ない」 「フン、戯れ言を! DG細胞は当初の予定以上の力を発揮しておるではないか!?」 しかし、何とも不思議な二人だ。 常に冷静に見える『仮面の男』と、常に感情を高ぶらせているように見えるトーホーフハイ。 どう考えても反りが合わないようにしか見えないのだが、それでも一触即発と言うか、すぐに殺し合いを始めるほど仲が悪いようでもない。 「……生体ユニットになるべき人物は、既に決められていた。そう……『奴』でなければデビルガンダムは真の力を発揮しない」 「笑止! だが貴様はキョウジにデビルガンダムを奪われたではないか!」 「確かに、私の力を以ってしても因果律を完全に制御することは不可能だった……」 「フン、とどのつまり貴様もデビルガンダムを制御出来なんだだけか!」 「自らの肉体を生体ユニットとするわけにはいかない。それはお前も同じはず。……だからこそ、私は『奴』を用意したのだ」 (って言うか、実は仲良くない? この二人……) 二人は、その名の通り悪魔を思わせる金属の巨人の前で言い争いを続ける。 仮面を付けているので表情はまったく読めないが、ルイズには『仮面の男』がどことなくこの会話を楽しんでいるように感じられた。 ……同じ声の自分の使い魔は、ここまでスラスラと言葉の応酬を行ったりはしないと言うのに。 「■■■■。貴様の目的は一体何だ!?」 「……お前と同じだ」 「たわけが。ワシがそのような世迷い言を信じると思うか!」 と、ここで『仮面の男』を中心にして、四角くて半透明な……虹色の箱のような物が出現する。 (アレって確か……色んなヤツを勧誘してた時にも使ってたヤツよね) 「さて、無駄話はここまでだ。私はデビルガンダムと共に未来へ帰る。お前は他のガンダムパイロットと共にこの時代へ残ってもらおう」 どうやらトーホーフハイを置いて、一人でどこかに行くつもりらしい。 そして四角い光の壁と、金属の巨人から強い光が放たれ……。 (……あれ?) 今回の夢はこれで終わりかな、などと思っていたのだが、金属の巨人も『仮面の男』も、変わらずにそこにいた。 「クロスゲート・パラダイム・システムが作動しないだと? ……貴様、デビルガンダムに何か細工をしたのか?」 「さあて。ワシの力か、それともキョウジの意思か……」 どうやら今のこの状態は、このトーホーフハイが意図している所によるものらしい。 「地球人であるお前にクロスゲート・パラダイム・システムを使えるわけがない」 「ほざけ!! ……だが、貴様の思い通りに事は進まんぞ!!」 ジャンプして『仮面の男』の頭上を越え、金属の巨人に飛び乗るトーホーフハイ。 そして金属の巨人は物凄い音を上げながら地中に潜っていき、トーホーフハイと共に姿を消していく。 「ふはははは! さらばだ!!」 高笑いを残しつつ、トーホーフハイはもはや完全に見えなくなる。 一方、置き去りにされた形の『仮面の男』はというと……。 「さすがは東方不敗。侮れんな……」 ……大して慌てた様子も悔しそうな様子なく、自分の裏をかいた相手に対して控え目な賛辞すら送っていた。 (やっぱり仲良いんじゃないの、コイツら) 男の人同士のやり取りってよく分かんないわね……などという感想をルイズに抱かせつつ、『仮面の男』は次の手を考え始める。 「……まあ、いい。奴が次に行く場所の検討はついている。 カラータイマーは既に手に入れた……。後は……容器を、デビルガンダムを取り戻すだけだ」 そう呟くと『仮面の男』は再びあの虹色の箱を出現させ、そのままどこかへと飛んで行った。 「―――起きろ、御主人様」 「ん…………んぅ、ぁ?」 いつもの使い魔の声と、軽く身体を揺さぶられる感覚とで目を覚ます。 「目は覚めているか?」 「…………………………おふぁよぅ」 正直、まだ意識は薄ぼんやりとしている。 しかし眠りの中から抜け出したのは確かなので、ルイズは取りあえず返答を兼ねた朝の挨拶を返した。 「……ぅ゛~~……」 のったりと気だるげに身体を動かし、銀髪の使い魔から差し出された洗面器から手を水ですくって、バシャバシャと顔を洗う。 「ふぅ……」 これで幾分かだが、気分がシャッキリする。 さて、それでは着替えを始めよう。 と、その前に使い魔を部屋の外に出さなくてはならない。 あの男は自分が命ずるまで、何も言わずにジーッとその場に立っているのがいつものパターンなのだから。 「ユーゼス……って、あれ?」 『着替えるから外に出てなさい』と言おうとしたら、何と自分が言うよりも先にドアに手をかけていた。 珍しい。 いや、とうとうこの鈍い男にも、『相手の言動や行動を察する』という能力が身に付いたのだろうか。 などと思っていたら、感心するよりも早く言葉が飛んで来る。 「今日からしばらくは三人分なのでな。悪いが手早く済ませてもらうぞ」 「?」 よく分からないことを言われて困惑するルイズをよそに、ユーゼスはとっとと部屋を出て行った。 「……何なのかしら」 まあ、取りあえず今は着替えよう。 ルイズはクローゼットから替えの下着や服を取り出し、今着ているネグリジェと下着を脱いでそれに着替えを始める。 「それにしても……」 今回の夢は、何だかいつもに比べて『軽い』気がする。 これまでは『仮面の男』の生涯を辿ったり、あるいは何かのメッセージを自分に投げかけてくるようなものだったのに。 アレは何と言うか……まるで『一コマを切り取ってみました』、という感じのものだった。 当然、それを見たルイズとしても『あの男にはこんな一面もあるのね』程度の感想しか抱けない。 「夢にアレコレと意味を求めるのもどうかと思うけど……」 いよいよネタ切れになってきた、ということだろうか。 まあ、別にルイズとしてもあの夢を特別に見たいわけでもないのだから、ネタ切れならネタ切れで構わないのだが。 とか何とか考えていると。 《えっ……ええ!? な、なん、何であなたが私の寝室にいるのよ!!?》 長姉の素っ頓狂な叫び声が壁越しに聞こえてきた。 「……?」 何だろう。 まさか賊でも現れたのか……と一瞬だけ考えるが、夜中に来るのならともかく、こんな朝っぱらから襲撃など普通はしないだろう。 しかも叫び声を出されている時点で、かなりの失態だ。 「……………」 よく分からないが、とにかく一応確認した方がいいだろうか。 ちょうど着替えも終わったところだし、どうせエレオノールの部屋はすぐ近くだし、別に構うまい。 ということで、自分の部屋から出てエレオノールの部屋に行くと……。 「私に対して『朝に起こせ』と言ったのはお前の筈だが?」 「う……、そ、そうだけど、もう少し、こう、優しく起こしなさいよ!」 「お前に対して生半可な起こし方では効果が薄いのは、以前の宝探しの道中で経験済みだ。……それに、ただ身体を揺らして声をかけただけでそこまで言われる筋合いはない」 何故か、自分の使い魔が。 寝起きの姉と。 仲が良さそうに(ルイズにはそう見えた)話をしていた。 「……!?」 思わず絶句するルイズ。 ちょっと待って。 コレは一体、どういうコト? どうしてユーゼスが、エレオノール姉さまの部屋に上がりこんでるの? しかも姉さまも、まんざらでもなさそうな……そう言えばメガネを外してるエレオノール姉さまの顔を見るのはずいぶん久し振り……いや、これはどうでも良いとして。 「ちょ…………ちょっと、ユーゼス!!」 叫び声を上げて、銀髪の使い魔を呼ぶ。 その呼ばれた当人は、特に何でもなさそうに自分を呼んだ主人を見て、これまた何でもなさそうに声をかけてくる。 「どうした御主人様。髪を梳かすのならば、少し待て」 「そんなこと言ってるんじゃないわよっ!!」 ルイズはズンズンとユーゼスに詰め寄り、詰問を開始した。 「何でアンタがエレオノール姉さまの部屋に上がりこんでるのよ!?」 「そのように言われたからな」 「はあ!!?」 ユーゼスは軽く息を吐くと、仕方なげに一から説明を行う。 「……昨日の話になるが、何故かエレオノールから『朝に自分を起こすように』と命令された。断る理由もないので、私はそれを承知した。こんな所だ」 「……………」 話を聞いて、ジトッとした目でエレオノールを見るルイズ。 エレオノールはそんな妹の視線から気まずそうに顔を逸らすと、取り繕うようにしてセリフを並べ始めた。 「べ、別に誰かに迷惑をかけてるってワケでもないんだし、いいじゃないの」 「……迷惑とかそういう問題じゃないと思いますけど」 うぅ、と言葉に詰まるラ・ヴァリエールの長姉。 いつもとは微妙に立場が逆転していたが、だがそんなことには頓着しない男が一人いた。 「……御主人様、髪が少し乱れている状態で外に出るのは好ましくないぞ」 「え?」 不意を突かれた形になるルイズの様子は気にせず、ユーゼスは主人の桃色がかったブロンドの髪を一房つまむと、スーッとその感触を確かめるようにして指を髪に這わせる。 「やはり乱れているな。梳かした方が良い」 「あ……う、うん……」 髪を梳かすこと自体は『いつもの仕事』として召喚された翌日からルイズに命じられていることだし、ユーゼス自身も長髪なので手入れは慣れている。 しかしルイズは妙に顔を赤くさせてそれに頷き、更に傍にいるエレオノールは不思議と羨ましそうな視線を向けていた。 ……あくまでも『仕事の一環』として言ったつもりの言葉だったのだが、この反応は何なのだろう。 まあ、ともかく。 ルイズの髪を梳くにせよ、それをエレオノールの部屋でやるわけにも行かないだろうし、何よりエレオノールも着替えるだろうから外に出なくてはなるまい。 それに、自分は『もう一人』を起こさなければならないのだ。 「ではカトレアを起こしたら取り掛からせてもらう」 「……は?」 ルイズの間抜けな声が、エレオノールの部屋に響いた。 「……えーと。…………どうして、そこでちい姉さまの名前が出て来るの?」 ゆっくりとした口調で問いかけてくるルイズに、ユーゼスはやはり淡々と答える。 「『どうして』と言われても、本人から直接頼まれたことだからな」 「……………………そこに至るまでの経緯を説明しなさい」 「む?」 ユーゼスは多少怪訝に思いながらも、主人の要望の通りに説明を行った。 「昨日カトレアを話をしていたら、私が朝にお前を起こしている……という話になってな。それを聞いたカトレアが、何故か『自分も起こしてくれ』と言い出したのだ。 加えて捕捉すると、その場に居合わせたエレオノールが、更に『自分も起こせ』と私に命じたので現在のこの状況になっているのだが――――何か問題があるのか?」 何だかんだ言ってもルイズとの付き合いはそこそこ長いユーゼスは、彼女の機嫌が悪い方向に傾いているらしいことを看破して『自分の行動の問題点』を逆に質問する。 「……………」 ルイズはそんなユーゼス・ゴッツォに対してにっこりと微笑みを返すと、無言のままで唐突に床に手をついた。 「む……?」 そんな主人の行動をユーゼスが疑問に思う間もなく、続いてルイズは勢いよく床を蹴ってその脚を高く宙に上げる。 腕は床をついたままピンと伸ばされ、脚もまたそれと同調して身体が一本の線となっている。 要するに倒立前転の要領だ。 ……だが慣性に逆らって、倒立の体勢で静止が出来るほどルイズの身体能力は高くない。 よって自然とそのまま仰向けに倒れこむことになるのだが、その過程、ちょうど綺麗に垂直の姿勢となるその一瞬にルイズは手首と肘、肩、そして腰をひねり、勢いはそのままで足先をユーゼスの方へと向けた。 「!?」 それから一瞬の後。 少女の渾身の脚技は『ちい姉さまにまで手ぇ出してんじゃないわよぉおおおおおおおお!!!』という叫びと共に、銀髪の男の顔面に叩き込まれることとなる。 「ユーゼスさん。本当に大丈夫ですか、その顔の怪我?」 「…………まあ、顔の識別が出来なくなるほどの損傷を受けたわけではないからな。それほど問題ではない」 心配そうに聞いてくるカトレアにそう答えながら、ヴァリエール三姉妹と共に朝食の場へ向かうユーゼス。 その額の左側には、少しばかり痛々しい青アザが出来ていた。 「顔の識別って……。それはもう命に関わる怪我になっちゃいますよ。そういう極端な例を比較対象に持ち出すのは間違ってます」 「……そうかね」 かつて顔や身体の大部分を失って死にかけたことのある男は、カトレアの言葉を聞くだけにとどめつつ歩を進める。 ―――ルイズから蹴りを受けた後、ユーゼスは痛む額を押さえつつカトレアの部屋に向かい、ルイズやエレオノールにしたのと同じく起床を促した。 起こした後で、真っ先に額の青アザについて質問されたが『問題ない』の一点張りで切り抜けている。 「そうですよ。もうちょっと分かりやすいって言うか、身近な例を出してください」 「身近な例と言われてもな」 先に挙げた『死にかけた大怪我』の他の主な怪我、と言うと……。 超神形態でSRXの天上天下一撃必殺砲を最大出力で受けたこと(これは『本当に死んだ』のだが)とか。 ワルドのライトニング・クラウドを食らって腕が軽く炭化したこととか。 激昂したルイズの爆発魔法を受けたこととか。 エレオノールに鞭でやたらめったら叩かれたこととか。 一昨日、エレオノールとルイズに走行中の馬車から蹴り出されたこととか。 昨日、エレオノールの魔法によって土砂で埋められたこととか。 「……………」 思い返すほどに何だかやるせない感情が胸に芽生えていくので、これ以上は思い出さないことにした。 そのようにしてユーゼスが『痛い記憶』を脳裏から消し去ろうとしていると、隣にいるカトレアが自分の記憶を引き合いに出して語り始める。 「まあ、私も咳き込みや発作を起こした時は、『あ、コレは危険だな』とか『コレは大丈夫かな』って感じで比較したりしますけど」 「それもどうかと思うが」 そのようにしてユーゼスとカトレアが妙な視点の会話を行っていると、不意に白衣の裾がクイクイ、と引かれる。 「……む?」 一体何だと思って後ろを振り向けば、そこにはムスッと不満そうな顔をしたルイズがいた。 「何だ、御主人様」 「…………ちょっとこっちに来なさい」 白衣を引かれるがままにカトレアから離れるユーゼス。 カトレアは『あらあら』などと呟きながら、ニコニコとそんな妹とその使い魔を見ている。 ちなみにエレオノールは『我関せず』とばかりに先頭を歩き続けているが、ことあるごとにチラチラと妹たちの様子を窺っていた。 そんな二人の姉の動向に気付いているのかいないのか、それなりにカトレアたちと距離を取ったルイズは小声で、しかし強い口調でユーゼスに問いかける。 「何でアンタ、あんなにちい姉さまと仲がいいのよ!?」 「……『仲が良い』と言うほどでもないと思うが。カトレアとは普通に話しているだけだぞ」 「それよ、それ! アンタ、昨日まではちい姉さまに対しては敬語を使ってたのに、何でいきなり普通の口調になってるの!?」 ユーゼスは少し考える素振りを見せると、仕方なげに口を開く。 「…………先程話した『起こすまでの経緯』と大差ない」 「はぁ!? どういう意味よ!!?」 どういう意味よ、と言われても。 実際にカトレアにそうするように言われたのだから、仕方がないのだが。 「……自分だけ敬語で、かつ『ミス』付きで呼ばれるのが気に入らなかったらしい。『他人行儀で不公平だ』と怒られたよ」 「む……。……まあ、ちい姉さまならそういう風に言いそうだけど……」 相変わらずこちらをにこやかに見つめている次姉の人となりを思い返しつつ、ルイズは口ごもる。 そして『うー』と小さな唸り声を上げた後で納得しかけたように見えたが、突然ハッと何かに気付いたかのように顔を上げると、また強く問いかけてくる。 「じゃあ、名前で呼んでるのもそう言われたから!?」 「その通りだ」 サラリと答えるユーゼス・ゴッツォ。 だが答えを受け取ったルイズの方は、とてもサラリとは行かないようだった。 「名前……名前で、呼ぶって……」 「?」 ゴニョゴニョと何かを言いながら、エレオノールとカトレアの方を見るルイズ。 主人がそちらを向いたので自然とユーゼスも彼女たちの方を見るが、特に変わった様子は見られない。 「御主人様、エレオノールとカトレアがどうかしたのか」 「………………やっぱり、『御主人様』…………」 ルイズは歩きながら、小声で独り言を呟く。 ポツリポツリとユーゼスにも『呼び方は』だとか『何で姉さまたちだけ』などの断片的な単語は聞こえてくるが、それがどのような意味を持つのかは分からない。 (……まあ、ヴァリエールの女について分からないのは、いつものことか) この家の女性は、時たま自分には理解の出来ない行動をするものである……と学習し、カトレアとの会話を経てそれが確信に変わりつつあるユーゼス。 しかしその『彼女たちの理解が出来ない』という時点で思考を停止し、そこから『彼女たちを理解しようとする』という行動に移ろうとしないのが、彼の欠点であった。 なお、朝っぱらから不機嫌度が加速度的に増しているルイズはと言うと。 (……どうして、わたしだけ呼び方が『御主人様』なのよ……) エレオノールは、『エレオノール』。 カトレアは、『カトレア』。 そして自分は、『御主人様』。 姉妹の中での自分のこの格差は、一体なんだと言うのだろう。 しかもカトレアとは一昨日に会ったばかりなのに、もう名前で呼んでいるなんて。 コイツ、こんなに手が早かったのか。 (まあ、そのあたりは後で時間のある時にでもキッチリ問い詰めるとして……) 今の問題は、自分の呼び方である。 ……いっそのこと、思い切って自分も『名前で呼べ』と命令するべきだろうか。 (で、でも……) それは今更、こう、何と言うか………………恥ずかしい。 第一、召喚したその日に、 ―――「呼ぶ時は『御主人様』って呼ぶこと。いいわね?」――― そう言いつけたのは、他でもない自分ではないか。 何ヶ月も前の自分の言動を今になってくつがえすと言うのは、正直かなり抵抗を感じる。 なかなか盛大な葛藤だったが、ルイズはそれを打破するためにも脳内で自問自答を開始する。 (……いや、ちょっと待ちなさい、ルイズ) エレオノール姉さまだって、ある日を境に『ミス・ヴァリエール』から『エレオノール』と呼び名が変わっていたじゃないの。 ユーゼスに聞いても姉さまに聞いてもそのことを詳しくは話そうとしないけど、だったら自分も『ルイズ』と名前で呼ばれたって問題は何もない、はず。 「よ、よぉし……」 ルイズは意を決し、銀髪の使い魔にその命令を下そうとした。 「ユ……ユ、ユーゼス!」 「何だ?」 「せっかくだから、わ、わたしのことも、ルル……る、『ルイズ』って、名前で……」 実際にそれを口に出そうとすると緊張で上手く口が回らなくなるが、そこは気合で乗り切る。 「名前で、呼んで―――」 だが。 「あら、父さま」 「え?」 不意に聞こえてきたエレオノールの言葉に顔を上げると、いつの間にか朝食の場であるバルコニーに到着していることに気づいた。 ……どうやら、色々と話したり考えごとをしている間に到着してしまったらしい。 更に少し遠くに視線を向ければ、父であるラ・ヴァリエール公爵、そして母の姿が見える。 「…………あぅ」 ある程度くだけた関係の姉たちならともかく、さすがに厳格な両親の目の届く範囲で(自分の使い魔とは言え)平民に対して『自分のことを名前で呼びなさい』と言うわけにもいかず、セリフが尻すぼみで終わってしまうルイズ。 「何だったのだ……?」 そしてユーゼスは主人の言葉が途中で途切れてしまったことを不思議に思いつつ、バルコニーの片隅に控える。 ―――『名前』がどうのこうのと言っていたような気がするが、断続的かつ小声になったり大声になったりしたのでよく聞き取れなかった。一体何を言おうとしていたのだろう。 (まあ、特に重要な案件でもなさそうだが) 本当に必要なことなら朝に起こした時点で言うはずであるし、それほど大したことでもあるまい。 「……………」 ところで、どうでもいいのだが。 何だかゲンナリしながら席に着くルイズとは対照的に、エレオノールとカトレアがどことなく得意そうな顔をしているように見えるのは、何故なのだろう。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6878.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 時刻もそろそろ真夜中になろうかという頃、丘の向こうにぼんやりと城が見えてきた。 「……城?」 そう、城である。 夜なので細部までは分からないが、城壁や堀、幾つもの尖塔、そして何よりもその巨大さ。 これが城でなかったら、トリステインの宮殿すら城かどうか疑わしくなってしまう程の『城』だ。 (そう言えばエレオノールはことあるごとに『ラ・ヴァリエールはトリステインでも屈指の名門貴族』と言っていたな……) 今更ながらそんなことを思い出すユーゼス。 なるほど、これだけの領地とあれだけの城を持っているとなれば、トリステインでも屈指になるだろう。 ……と言うか、『トリステインの貴族はこれくらいが普通』とか言われてしまっては、リアクションに非常に困る。 「ふむ」 外観が見えてきたということは、もうすぐ到着するということだ。 それでは具体的に後どのくらいで城に着くのか……とユーゼスがエレオノールに質問しようとした時、馬車の窓に一羽のフクロウが飛び込んで来た。 「お帰りなさいませ。エレオノールさま、カトレアさま、ルイズさま」 そう言いながら優雅に一礼するフクロウ。 ユーゼスはそのフクロウを見て、ガーゴイルか何かかと冷静に当たりを付けた。 ……普通ならフクロウが喋って礼などすれば驚くものだが、このハルケギニアでは剣や水のカタマリだって喋るのである。今更フクロウくらいでは興味も惹かれない。 「トゥルーカス、父さまと母さまは?」 「旦那さまは未だお戻りになっておりませんが、奥さまは晩餐の席で皆さまをお待ちでございます」 トゥルーカスというらしいフクロウの言葉を聞き、三姉妹はそれぞれ少しばかり残念そうな顔を浮かべる。 どうも家族が勢揃いしていないことが不満なようだ。 「……何にせよ、母さまをこれ以上を待たせるわけには行かないわね。急ぎましょう」 馬車は巨大な門をくぐり、ラ・ヴァリエールの城の中に入っていく。 ラ・ヴァリエールの城は外見も立派だったが、中身も立派だった。 まず、広い。 初見の人間なら、地図や案内がなければ確実に迷子になるほどに。 次に、内装が豪華だった。 部屋の中どころか廊下に至るまで豪奢な調度が惜しげもなく施され、大きな肖像画が贅沢な額縁に入れられてそこかしこに飾られ(誰の物かは知らないが)、しかもそれらにはホコリ一つ付着していない。 最後に、使用人の数が多い。 今は深夜と呼んで差し支えない時間なのだが、それでもユーゼスは20人ほど使用人の姿を見かけ、深々と礼をされた。 ……まあ、彼らは『ユーゼスに』ではなく『エレオノールたちに』礼をしたのだろうが。 とにかく晩餐を行う予定のダイニングルームに向かって歩くだけで、ユーゼスは大貴族の城というものをまざまざと見せられる形になってしまったのである。 ちなみに本来ならば貴族の食事にユーゼスのような平民が一緒にいることは有り得ないのだが、そこは『ルイズの使い魔』という立場のために入室を許されている。 「……………」 ギイ、と大きな扉が開き、巨大なテーブルの上に様々な料理が並べられている光景が目に飛び込んできた。 見れば、ラ・ヴァリエール公爵夫人と思しき人物が既にテーブルに座っており、娘たちがやって来るのを待っている。 (……成程、確かに『この三人の母親』だな) 髪の色はルイズやカトレアと同じ桃色がかったブロンド、瞳の色は三姉妹と同じ鳶色。 そして何よりも、その身にまとう空気。 エレオノールの雰囲気が『ルイズを苛烈な方向に拡大発展させたようなもの』とするなら、この公爵夫人の雰囲気は『エレオノールを苛烈な方向に拡大発展させたようなもの』と言って良いだろう。 鋭い眼光と、立ち上る迫力。しかもエレオノールの年齢から逆算すれば彼女の年齢は50歳ほどのはずなのに、40歳を過ぎたあたりにしか見えないという若々しさ。 パッと見ただけでも、ユーゼスの知識にある『女性』の中では最強クラスと言って良いかも知れない。 これに真正面から対抗出来る人物は、少し探した程度では見当たらないだろう。 (少なくとも、私では無理だな) 席に着くルイズの後ろに控えつつ、冷静に自分と公爵夫人の力関係を分析するユーゼス。 ……だが確かに圧力を感じはするが、それでもユーゼスの知識にある『歴代最強』ではない。 東方不敗マスターアジアと対峙してマトモに敵意をぶつけられた時に比べれば、こんな程度の圧力は涼風のような物である。 比較対象を間違え過ぎているような気もするが、この際それはいい。 「……………」 そんな感じに、ちょっとやそっとのプレッシャーでは動じないユーゼス・ゴッツォであったが、彼の主人たる少女はガチガチに緊張しまくっていた。 実の母親だと言うのに、一体どうしたと言うのだろうか。 (……エレオノールに対しても苦手なような素振りを見せていたな) 最近はそうでもないが、初めてアカデミーに連れられていった時にルイズが姉にあまり会いたくなさそうにしていたことを思い出す。 まあ、そのあたりの家族関係を詮索するつもりはないが。 「母さま、ただいま戻りました」 エレオノールが三姉妹の先頭に立ち、公爵夫人に向けて挨拶を行う。 公爵夫人は頷きを返すと、娘たちの顔を見回し……。 「………」 ふと、末の娘の後ろに控えている銀髪の男に目を留めた。 「……む?」 初対面の女性から無遠慮に見られていることを感じたユーゼスは思わず疑問の声を上げてしまうが、その瞬間に公爵夫人の視線は自分から外されてしまう。 (何だったのだ?) わずかに首を傾げるユーゼス。……まあ、見ず知らずの平民が貴族の晩餐の席に平然と顔を出していれば、普通は警戒もするものだろう。と、取りあえず一人で結論付けることにする。 そうこうしている内にエレオノールとカトレアとルイズはそれぞれ席に着き、ほどなくしてラ・ヴァリエール家の晩餐が始まった。 だが。 「……………」「……………」「……………」「……………」 誰も、何も、喋らない。 時折少しだけ銀の食器が皿と触れ合ってカチャ、と音を立てるのだが、それが逆に場の緊張感を底上げしている。 ユーゼスも科学特捜隊の基地に厄介になっていた時は食堂に出向き、見ず知らずの人間のすぐ傍で食事を行っていたが……少なくともこれほど息が詰まりそうになることはなかったはずだ。 貴族ばかりの魔法学院の食堂とて、ここまで沈黙が続いたりはしない。 これではある意味、独房の方がまだマシに思えてくる。 「……………」「……………」「……………」「……………」 ずっと黙ったままで食事を続けるヴァリエールの女性たち。 そして、本当に一つの会話もなく晩餐は終了した。 (ふむ。これが『家族の食卓』というものか) ギャバンやドモン・カッシュたちも、家族とこのような食卓を日常的に経験していたのだろうか……と、引き合いに出された本人たちが聞いたら間違いなく全力で否定しそうな感想を抱くユーゼス。 しかし彼のその考えを否定してくれる人間は誰もいない。 こうして、ユーゼス・ゴッツォの知識の中に『家族の食事は一切の会話を行わないものである』という項目が加わることになる。 翌日。 昨晩と同じ『無言の食卓』の後、取りあえず自分の主人であるルイズに付いていこうとしたユーゼスは、エレオノールに捕まえられてしまった。 これは比喩ではなく、本当に『捕まえられた』のである。 「…………突然何をする、エレオノール」 「いいから、こっちに来なさい!」 なすすべなくエレオノールに腕を掴まれ、そのまま引っ張られていくユーゼス。 当然、いきなり自分の使い魔を連れ去られてしまう形となったルイズは抗議の声を上げるが……。 「ちょ、ちょっと、エレオノール姉さま!? わたしの使い魔を勝手に……!」 「いいでしょ、別に。減る物でもあるまいし」 「時間とか、ユーゼスの体力とか、色んな物が減ります!」 「時間はそれなりに沢山あるし、ユーゼスの体力なんて元々あって無いような物なんだから問題ないわ」 「何ですかその理屈!?」 「とにかく! 今日一日、ユーゼスを借りるわよ! 構わないわよね!?」 「ど、どうして了承することを前提にした問いかけなんですか!? 今日はユーゼスにヴァリエールの領地の軽い案内を―――」 その抗議も虚しく、エレオノールは強引にユーゼスの腕を引いて行ってしまう。 「……………」 ……長姉が一度あのような強硬な態度を取ったらそう簡単には折れないということくらい、ルイズは今までの経験から嫌と言うほど知っている。 それはユーゼスも同じはずだ。 だから大して抵抗もせず、されるがままに連れ去られたのだろう。 それは分かる。 分かるが、しかし。 「ちょっとくらい拒絶とか抵抗とかしなさいよ、もう……!!」 理屈の上では理解が出来ても、感情の部分がこれっぽっちも納得の出来ないルイズであった。 そして金髪眼鏡の美人に腕を引かれる、銀髪白衣の男はと言うと。 「あら、エレオノール姉さま。それにユーゼスさんも。どうなさったんですか?」 「……詳しくはあなたの姉上にお聞きください」 亀や熊や鳥や犬や猫や虎や蛇やムササビなどの様々な動物で溢れ返る、カトレアの部屋に連れて来られていた。 ユーゼスを連れて来たエレオノールは、少し苛立ったような表情のまま腕を組んで言う。 「今からカトレアを診察しなさい、ユーゼス」 「え?」 「診察だと?」 薮から棒にそんなことを言われたので、ユーゼスとカトレアは思わず困惑してしまう。 「ユーゼスさんは何かを研究されてるって伺ってましたけど、お医者さまだったんですか?」 「……いえ、むしろ医療行為は専門外です」 顔を見合わせてそんなやり取りをする二人だったが、エレオノールは強硬な態度を崩さずに強い口調でユーゼスに命じた。 「いいから。……直接に見ないと、正確な結果が出ないんでしょう?」 その言葉で、ユーゼスはある一つの事柄に思い至る。 「…………お前に依頼された『患者』というのは、このミス・フォンティーヌのことか?」 一度それに気付いてしまうと、またカトレアの見方が違ってくる。 この目の前の女性が、残りせいぜい5年程度の命だとは。 「?」 そんなことを知るよしもないカトレアは、目をパチクリさせながらユーゼスを見つめ返してきた。 「……………」 『症状の推察を行うため』という名目で、年齢・身長・体重に始まり、平均睡眠時間や大まかな運動能力、生活環境から食事の量と内容の傾向まで……と、やたらと細かい情報が送られてきたことを思い出すユーゼス。 まあ、おかげで推察もより具体的に行うことが出来たのだが……。 「……あれにも書いたが、私が行うのはあくまで『推察』であって『断定』は出来んぞ。それに専門的な医者でも水メイジでもないのだから、治療も出来ん」 「分かってるわ」 「そもそも治療する・しない以前に、このミス・フォンティーヌは……」 「いいからっ!!」 どんなに手を尽くしたところで、と言葉を続けようとした瞬間、金切り声に近いエレオノールの叫びが部屋に響いた。 「……姉さま?」 その声に部屋の動物たちが驚いてビクリと震え、またカトレアも目を見開いて自分を見たので、やや慌てたようにエレオノールは場を取り繕う。 「っ、……いいから、早く診察しなさい。いずれにせよ『より正確な診察結果』は欲しいんだから」 「ふむ。断る理由はないが……」 ジロリジロリとエレオノールとカトレアを見比べるユーゼス。 憮然とした表情の姉と、今一つばかり状況が飲み込めていない様子の妹を見て、まずユーゼスは『情報の収集』から行うことにした。 「ではエレオノール。ミス・フォンティーヌの詳しい診察を行うに当たって、少し協力してもらいたい」 「何? 私に出来る範囲でなら、何でも協力するけど」 そして彼は、エレオノールに指示を出す。 「服を脱げ」 「…………………………え?」 「まあ」 いきなりそんなことを言われたエレオノールは激しく狼狽した。 「えっ、ちょ、ぬ、脱げって、そんな、こんなところで……じゃなくって、あの、その、な、なな、ななななな何でよ!!?」 これは当たり前と言えば物凄く当たり前の反応なのだが、その『当たり前』をよく分かっていないユーゼス・ゴッツォは平然とその理由を語った。 「ミス・フォンティーヌとの比較に使用する。年齢や背格好が比較的近いし、何より血縁者だからな。『正常ならばこのような状態だ』というサンプルとして、確認するためのデータの提供をお願いしたい」 「あ、ああ、そう……」 一応、話の筋は通っている。 エレオノールの記憶によればユーゼスの研究分野は『魔法そのもの』であって、『魔法を使うメイジ』についてのデータはあまり収集していなかったはずだ。 よって、まずは一番手頃で身近なところからデータを収集しようと言うのだろう。 確かに自分とカトレアの背格好は似ているし、年齢も近いし、体型だって…………。 (…………まあ、『ほとんど同じ』よね) ペタペタと胸元を触りながら、あらためて『自分とカトレアには決定的な相違点はない』と結論付けるエレオノールは、言われた通りに着ている服に手をかける。 しかし。 「ぜ、全部脱がなきゃ……ダメ?」 ……手をかけたところで、色々な理由から『今すぐ』『この場で』『この男と妹を前にして』服を脱ぐということに対してかなりの抵抗感が発生してしまい、ひとまずの妥協案を模索することにした。 するとユーゼスはあっけらかんと、 「そこまでする必要はない。まず欲しいのは脈拍と体温のデータだからな。極端な話、背中か胸部の一部分だけ肌を晒してくれれば……」 そんなことを抜かし始めたので、『だったら最初からそう言いなさい大馬鹿』という絶叫のもと、エレオノールの平手が一閃されたのであった。 「大丈夫ですか、ユーゼスさん?」 「……痛みのことを聞いているのでしたら、かなり痛みを感じています」 綺麗に赤くエレオノールの手形を貼り付けたユーゼスの顔を、カトレアは心配そうに覗き込む。 その手形を付けたエレオノールはと言うと、少し離れた位置でプンスカ怒りながら腕を組んでユーゼスを睨みつけていた。 「でも、ユーゼスさんもいけないんですよ。いきなり女性に『脱げ』だなんて」 「特にやましいことをする訳でもないのですから、別に構わないのではありませんか?」 「……『やましいこと』がどうとか言う以前に、あなたはもう少し『女性に対するデリカシー』というモノを学びなさい」 苛立ったような口調で言うエレオノールに、ユーゼスはその場しのぎではあるが了承の意を伝える。 「努力はしてみよう」 そして話を元の『エレオノールのデータ収集』に戻す。 「では、脱げ」 「…………発言してから2秒もしない内に、努力を放棄しないでくれるかしら」 もう根本から躾けるしかないのかなぁ……などと思いつつ、エレオノールは取りあえずユーゼスに自分を見ないように命ずる。 それから衣擦れの音やら少しだけ息を飲む音やらを響かせつつ、数分ほど経過した頃……。 「い、いい……わよ」 ためらいがちに、準備か完了したことを告げた。 「ふむ」 露わになった上半身をシーツで隠すエレオノールを、相変わらずの無表情で見つめるユーゼス。 何はともあれ彼女と物理的に接触をしなくてはならないので、黙って一歩を踏み出してエレオノールに近付くが……。 「……っ」 「……………」 一歩近付いた分だけ、一歩後退されてしまう。 「?」 ワケが分からないユーゼスは、更にもう一歩エレオノールに近付く。 「っ」 しかし、やはり一歩後退されてしまった。 「……何故、私から遠ざかる」 「あ、あなたが近付くからでしょ!」 「この行為の必然性はつい先程に説明したはずだし、お前もそれで納得していたではないか」 「う……。……まあ、それは、そう……なんだけど」 やっぱり、イザとなったら躊躇の方が先に立ってしまうのである。 と言うか、よくよく考えてみれば……。 「みゃ、脈拍と体温が知りたいんだったら、別に身体に直接触らなくても、手首とかで良いんじゃないかしら?」 「……私は医療方面に関しては半分素人のようなものだぞ。軽く触っただけでそうそう正確に脈など測れんし、体温についても同様だ」 「ぁぅ……」 何とかして逃げ道はないかと模索してみたが、あっけなく閉ざされてしまった。 …………どうやら、これは覚悟を決める必要があるらしい。 「―――――」 二、三回ほど深呼吸して心を落ち着けると、エレオノールは意を決して椅子に腰掛け、ユーゼスを待ち構える体勢を整えた。 と、そこに、 「……あの、姉さま。別に正面から触診なさらなくても、背中からすればよろしいんじゃないでしょうか?」 何だか見かねた様子のカトレアが、おずおずと一つの提案を行った。 「そ、そのくらい分かってるわよ! い、いい、いくら何でも、正面から身体を晒すなんて、そんな、そんなことをするわけがないでしょう!!」 「私はてっきり、姉さまがユーゼスさんに身体を晒そうとしているように見えたんですけど」 「んなっ……、違うわよ!!」 「そうなんですか?」 「そうよ!!」 実は正面から触診される気がそれなりにあったエレオノールとしては水を差されたようなものだったが、言われてみれば確かに背中からでも脈拍は取れる。 だが、ここに空気を読まない男が一人いた。 「……正面と背面のどちらでも良いが、やるのなら早くしろ」 言わずもがな、ユーゼス・ゴッツォである。 エレオノールは顔を真っ赤にしてその朴念仁を睨みつけ、黙ってその白い背中を向けた。 「ふむ」 今度こそエレオノールに近付いて触診を開始するユーゼス。 まずは背中に軽く触れて、どこに何があるのかの確認を行う。 「っ!?」 「……背中に触れられた程度で身体を震わせるな、エレオノール」 「さわ、触るんなら『触る』って言いなさい! 私にだって心の準備って物があるんだから!」 「いちいち準備が必要な行為でもないだろう」 そんなやり取りをしつつも、とにかく『正常なデータの確認作業』は行われる。 ユーゼスは約一分間に渡ってエレオノールの背中を触り、撫で、さすり続けたが……。 「……やはり、よく分からんな」 やはり手の感覚だけでは心拍がイマイチ分かりにくいようで、『直接的な手段』に打って出る。 ピトッ 「!!!!」 「あら、まあ」 「……良し。よく聞こえるな」 身体を硬直させるエレオノール、目をパチクリさせるカトレア、そして相変わらず平然と『エレオノールの鼓動に耳を傾けている』ユーゼス。 三者三様の反応であったが、渦中の真っ只中にあるエレオノールは猛烈な勢いでユーゼスに問いかけた。 「ユ、ユユユユユー、ユーゼスゥ!! ななな、な、なななななななん、ナニをやってるの、あなたはぁぁぁぁぁあああああああ!!!??」 「? お前の背中に直接耳を押し当てているのだが、それがどうした?」 「そ……!!」 (それがどうしたってアナタどうしてそんなに平然としてるのよって言うかそれ以前に何の断わりもなく私の身体に耳を直接当てるなんて貴族に対する不敬も極まってきたわね別に嫌ってワケじゃないけどいやそうじゃなくてえーとえーとうわあああああああああ~!!) 一瞬でそれだけの思考を行うエレオノール。 だが、そんな高速の思考も空回りするばかりで具体的なアクションには結びつかない。 「……………」 そうこうしている内に、ユーゼスは懐中時計の秒針を見ながら普通に脈拍を測り始める。 実はユーゼスとしてもこのような効率の悪いやり方は決して取りたいわけではなかった。 しかしハルケギニアには聴診器などという便利な物どころか『医療器具』自体が極端に少ないので、こうして身体に対して直接耳を当てるしかない。 『自分で聴診器を作る』、『別の世界から取り寄せる』ということも出来なくはないのだが、頻繁に使用するわけでもなく、しかもこの機会だけのために労力を割くほど、ユーゼス・ゴッツォは人間が出来ているわけではない。 (ああああぁぁぁぁぁあああ、ユ、ユーゼスの耳が背中に押し当てられてる、私の心臓の音を聞かれてる、ちょっとだけユーゼスの息が背中に当たってるぅぅうううう~~……) ドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッ!! 自分で感じている心臓の鼓動、それをユーゼスも同時に感じていること、そもそもこんな経験をするのが初めてなこと……とにかく色々な理由から、エレオノールの頭の中身はグルグルと大回転しつつ茹でられていた。 なお、『される』立場ではなく『する』立場のユーゼスはと言うと。 「……一分経過。心拍数は取れたな」 至って平静に、淡々とデータ収集を行っていた。 コイツ実はガーゴイルなんじゃないかってくらいの、実に見事な淡々っぷりだ。 「では、続いて体温の測定に移る」 カリカリと羊皮紙にエレオノールの脈拍を記録しつつ、宣言通りに次の作業に移行するユーゼス。 しかし『体温の測定』と言っても、ハルケギニアにはやはり体温計など存在していないので結局は手で体温を測ることになる。 正確に体温を測定したいのならば口腔内や耳の中などに直接手を入れるのが望ましいのだが、いくらユーゼスでもそこまでするほど馬鹿ではない。 よって、比較的体温の測りやすい左右の腋の下に、それぞれ両手を入れることにした。 「ひゃうっ!?」 「……エレオノール、妙な声を出すな」 「だっ、だから、前もって『触る』って言って……あくぅっ!!?」 「ど、どうなさったんですか、エレオノール姉さま?」 ドギマギするのならまだしも、いきなり甲高い声を出した姉を見て、思わずカトレアが声をかける。 それに答えたのは、エレオノールではなくユーゼスであった。 「ご心配なく。腋のくぼみに少し強く指を差し入れただけです」 「は、はあ……」 それは女性にとってかなりダメージの大きい行為なんじゃないかしらと思いつつ、カトレアは少しだけドキドキしながら二人の『触診』の様子を見守る。 そんなこんなで、五分後。 「……良し。こんなものか」 ヴァリエール家の長女の腋の温度を測定し終えたユーゼスは、ようやく手を放した。 「………………ぅう」 妹のベッドに突っ伏し、グッタリとするエレオノール。 肉体的には別に何があったということはないはずなのだが、どうも精神的に来るものがあったようだ。 「大丈夫ですか、姉さま?」 ちなみにカトレアは、そんな姉を介抱している。 そしてユーゼスはあらかじめ用意しておいた洗面器でパシャパシャと手を洗いつつ、記録したデータを見ながら、 「……しかし心拍数が尋常ではないな。体温も私の手と比較すればかなり高かった。……何を興奮していたのだ、エレオノール?」 そんなことをほざきやがったので、エレオノールはむくりと起き上がり、治まりかけた顔の紅潮をぶり返させ、更にその赤さを上半身全てに伝播させ、しどろもどろになりながら叫びを上げ……。 「ここここ、こここここここっこっ!」 「…………ニワトリの真似か?」 「興奮なんて!! してるワケ!! ないでしょぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!」 自分の杖を手に取って、魔法で作り出した土砂を銀髪の男にぶつけたのであった。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6126.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 その後、ルイズが持参した『水のルビー』と、ウェールズが持っていた『風のルビー』による虹の生成という『確認作業』により、目の前にいるのが本物のウェールズであると確信したルイズたちは、すぐにアンリエッタから預かっていた手紙をウェールズへと渡し、『ウェールズが持っている手紙』を回収すべくそのままアルビオンのニューカッスル城に移動する。 『大陸の底』から城に戻るという珍妙な帰還方法に、ルイズたちは驚くばかりであった。 そして出迎えの兵士たちに黒色火薬の原料である硫黄(輸送船の積荷である)を大量に調達してきたことを告げると、兵士たちはワッと歓喜の声を上げ、明日の正午の決戦に備え始める。 「これで王家の誇りと名誉を叛徒どもに示しつつ、敗北することが出来るだろう」 「栄光ある敗北ですな! この老骨、武者震いがいたしますぞ!」 「してみると間一髪とは、まさにこのこと! 戦に間に合わぬとは、これ武人の恥だからな!」 わっはっは、と笑い合うウェールズと兵士たち。 その会話を聞いてルイズは顔をしかめ、ギーシュは仰天し、キュルケは彼女にしては珍しく沈痛な顔を見せ、タバサもまた眉をピクリと動かした。 ちなみにワルドは無表情、ユーゼスは軽く溜息を吐いただけである。 そして一向はウェールズの居室へと通され、アンリエッタの手紙を手渡された。 「これが、姫からいただいた手紙だ。この通り、確かに返却したぞ」 「……ありがとうございます」 少し沈んだ表情で手紙を受け取ったルイズは、ウェールズに質問する。 「あの、殿下……。先ほど『栄光ある敗北』とおっしゃっていましたが、王軍に勝ち目は……ないのですか?」 「無いよ」 一国の皇太子は、キッパリと断言した。 「三百と五万では、どう足掻いても勝ち目は無い。万に一つの可能性すらね」 「な……」 絶句する魔法学院の生徒たち。特にルイズとギーシュのショックは大きいようだった。 「そ、それでよろしいのですか、殿下!?」 「む……、君は?」 「……ト、トリステイン王軍に仕(ツカ)えるグラモン元帥の四男、ギーシュ・ド・グラモンと申します。 いえ、わたくしの名前などよりも―――ウェールズ殿下、あなたはまさか死ぬおつもりで……!?」 「当然だ。私は真っ先に死ぬつもりだよ。 ……グラモン君、分かってくれとは言わないが……時に我々は『命』よりも、『誇り』や『名誉』を貫かねばならぬものなのだよ」 「う……」 その言葉を聞いて、ギーシュは黙ってしまった。 『命を惜しむな、名を惜しめ』とは、他でもない自分自身が、常日頃から父より言い含められてきた言葉である。 名誉は命よりも大事―――とは、アルビオンやトリステインだけではなく、ハルケギニアの貴族全員(ごく一部に例外はあるが)に共通している『根本』のようなものであった。 そのことは『貴族として』のルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールも理解が出来る。……自分だって、仮に戦争に参加したら、命を惜しまずに進もうとする……と、思う。確信を持って『進む』と断言しきれないのが、少し情けないが。 しかし、『少女として』のルイズは、それに異を唱えていた。 思わず、衝動的に言葉が出てしまう。 「……殿下、トリステインに亡命なされませ! お願いでございます! わたしたちと共に、トリステインに―――」 「それは出来んよ」 笑いながら、ウェールズはルイズの懇願を断わった。 「殿下、これはわたくしだけの願いではございませぬ! 姫さまの願いでございます! 姫さまの手紙には多分、末尾であなたに亡命をお勧めになっているはずですわ!」 「……ルイズ、やめなさい」 苦しそうな様子でキュルケが声をかけ、ワルドが静かにルイズの方に手を置くが、なおもルイズは食い下がってウェールズを説得しようとする。 「あの姫さまが、ご自分の愛した方を見捨てるわけが―――」 「そのようなことは、一行も書かれていない」 しかしウェールズは、ゆっくりと首を振ってルイズの言葉を否定した。 「殿下!」 どうしても納得がいかないルイズは、ウェールズに詰め寄った。 「……アンリエッタは王女だ。自分の意思を……国の大事に優先させるわけが、ない」 「…………っ」 ルイズはその口調から、アンリエッタが書いた手紙の内容を知る。 そしてウェールズの意志が、自分程度では動かせないことも。 ウェールズはフッと微笑みながら、ルイズの肩を叩く。 「―――君は正直な女の子だな、ラ・ヴァリエール嬢。正直で、真っ直ぐで、良い目をしている。 ……だが、そのように正直すぎては大使など務まらぬよ」 「殿下……」 「しかしながら、亡国への大使としては適任かも知れぬ。明日にも滅ぶであろう政府は、誰より正直だからね。何せ、名誉以外に守るものが無いのだから」 話題を転換するように、ウェールズは少々強引ではあるが『明るい材料』を提示した。 「……まあ、実を言うと『レコン・キスタ』側にも付け入る隙はある。 最近、このアルビオンには正体不明の……何と言うか、『怪物』が出現していてね。この『怪物』が現れるのが、なぜか『レコン・キスタ』が陣取っている地帯ばかりで、その対応に彼らは少々苦労している。 とは言え、それにしてもこの戦力差を覆すほどではないが」 「……………」 話を逸らしたかったのだが、気休めにもならなかったことに気付くウェールズ。 一方、ユーゼスはウェールズが語ったその『怪物』について考えていた。 (……アインストのことか?) トリステインに現れたのだから、アルビオンに現れたとしても別に不思議ではない。 だが、『レコン・キスタ』が陣取っている地帯ばかりに出現するとは……。 思考に没頭し始めるユーゼスをよそに、沈痛な雰囲気がウェールズの居室を支配している。 そして、そのしんみりとした空気を拭い去るようにウェールズは手をパンパンと叩き、明るい声で言った。 「さて、そろそろパーティの時間だ。君たちは我が王国が迎える最期の客だからね、是非とも出席してほしい。出される料理の味については、私が保証するよ」 ルイズは納得がいかない様子ではあったが、キュルケに連れられて部屋を後にした。ギーシュもまた釈然としない顔をしているが、どうやら無理矢理に納得しようとしているらしい。タバサとユーゼスは、やはり無表情である。 しかし、ワルドだけは残って、ウェールズと何か話をするようだった。 ワルドは一礼し、消えゆく国の皇太子に願いを告げる。 「恐れながら、殿下にお願いしたい議がございます……」 「大使殿! このワインを試されなされ! お国の物より上等と思いますぞ!」 「何! いかん! そのような物をお出ししたのでは、アルビオンの恥と申すもの! この蜂蜜が塗られた鳥を食してごらんなさい! 美味くて頬が落ちますぞ!」 「は、はい、どうも……」 困惑した様子で、ギーシュは勧められるままワインや料理を口に入れていく。 ……自分にそれらを勧めた男たちは『アルビオン万歳!』と最後に怒鳴って去っていった。 そのまま、しばらく何かを考え込むギーシュだったが、やがてクワッと目を見開くとワインをガブ飲みし始める。 どうやら酒の力を借りて憂鬱な気分を吹き飛ばそうとしているらしいのだが、その飲みっぷりを見た周囲の人間がまた騒ぎ立てるので、何だか余計にいたたまれなくなっているようだった。 キュルケも男たちに酌をして回っているが、どうにもいつもの元気に影が見える。 ルイズはこの独特の空気に耐えられないらしく、パーティ会場の外に出ていた。 タバサも内心は読み取れないが、他の人間と会話などは行わず、黙々と料理をたいらげている。……何人かが彼女の顔を見て『どこかで見たような』と言っていたが、何なのだろうか。 ワルドだけは唯一、城の人間と談笑などをしていた。意外に胆が太いと言うか、大物なのかも知れない。 そして最後にユーゼスは、このパーティ会場にいる全員の様子を、隅で眺めていた。 (誇りと名誉、か……) どちらも自分とは縁の遠い言葉である。 だが、そのような生き方や死に方も、あるのだろう。 無理に理解する必要などはない。 ただ、彼らが確かに存在し、戦い、そして散っていった―――それだけは『知って』いる。『記憶して』いる。感覚として『覚えて』いる。 かつて自分が利用した『彼ら』のことを、自分は忘れない。 そして、その『彼ら』の中にまた新たな人物が追加されることになるのだろう。 直接に関わったわけではないので、印象はどうしても薄くなるが。 ……そんなことを考えながら無表情にパーティを眺めていると、座の中央で歓談していたウェールズがこちらに向かって歩いてきた。 どうやらポツンと一人でいるので、興味を惹かれたらしい。 「ラ・ヴァリエール嬢の使い魔だね。……しかし、人が使い魔とは珍しい。トリステインは変わった国だな」 「ハルケギニア全体で見ても、珍しいらしいがな」 ユーゼスは、敬語を使わなかった。 それにウェールズは気分を害した風もなく、気さくに話しかける。 「気分でも悪いのかな?」 「いいや。……ここに来る前に負った傷が痛みはするが、それほど問題でもない」 「おや、それは大変だ。すぐに傷薬を用意させるから、治療に当たるといい」 「別に急がなくとも構わんよ」 ユーゼスを気遣うウェールズだったが、ユーゼスはそれを右手を上げて断わった。 「どうやら、楽しんでくれてはいないようだね」 「賑やかな雰囲気は苦手なのでな。 ……それに、お前たちの話を聞いていると、昔の知人を思い出す」 もう会うことは出来ない、もしかすれば友と呼べたかも知れない男。 彼もまた、この場にいる者たちと同じ心境だったのだろうか? 「ほう、興味深いな。どのような人物だったのだね、その君の『知人』とやらは?」 「そうだな……常に自らの美学を貫き、それに殉じた男……。 『戦い』という行為に意義を見出し、自らが認めた相手に全てを託し、その相手と戦って散っていった。 ……あるいは私とは、永久に分かりあうことが出来ない人間だったのかも知れない」 「……………」 ウェールズは、黙ってユーゼスの話に耳を傾けている。 「その男はこうも言っていたよ。 『戦いにおける勝者は、歴史の中で“衰退”という終止符を打たなければならず、若き息吹は敗者の中からつちかわれていく。自分は無様な戦いをして勝者になるくらいならば、誇り高き敗者になりたい』……とな」 「―――そうか。……私はその人物の気持ちが、少しだけ分かるような気がするよ」 「死ぬことが怖くないのか?」 ユーゼスが理解不能なのは、その思考であった。何せあの男―――トレーズ・クシュリナーダも、このウェールズ・テューダーも、死を恐れている様子が見えない。 「私たちを案じてくれている……という訳ではなさそうだな。単純に疑問に思っているだけのようだ。 ならば答えよう。―――怖い。 死ぬことが怖くない人間なんて、いるわけがないだろう? 王族だろうが、貴族だろうが、平民だろうが、それは同じだと思うよ」 「ならば、なぜ死に急ぐ?」 「おいおい、私たちは別に死に急いでるわけじゃないよ。『生き急いでいる』と言ってもらいたいね。 そして、なぜそうするかと問われたならば……守るものがあるからだ」 「ふむ」 「守るべきものの存在と大きさが、死の恐怖を忘れさせてくれる。 ……エルフとの戦争によって間違いなく荒廃するであろう、民草と国土。そして王族としての……いや、自分自身の名誉と誇りがな」 遠くを見るような目で、ウェールズは語った。 「我らは勝てずとも、せめて勇気と名誉の片鱗は見せつけ、ハルケギニアの王族は弱腰ではないことを見せ付けねばならぬのだ」 「なぜだ?」 「内憂を払えなかった王家の、最後に課せられた義務とでも言えば良いかな。 ……君の知人風に表現すれば、『敗者の中から芽吹く、若き息吹のため』とでも言うところか」 「……………」 ユーゼスはその言葉を聞き、ウェールズの決心が固いことを悟った。 「ただ……もし、君がアンリエッタに会うことがあれば、こう伝えてくれたまえ。『ウェールズは勇敢に戦い、勇敢に死んでいった』と。それでもう、心残りはない」 「了解した……」 「―――出来れば君とは、もう少し早く出会っていたかったな。そして、君の知人とも話をしてみたかった」 言って、ウェールズはユーゼスの前から去っていく。 ……ユーゼスは何も言わず、ただその背中を見送っていた。 相変わらず馬鹿騒ぎを続けるパーティ会場の空気に辟易してきたので、ユーゼスは寝室の場所を聞き、そこに向かうことにした。 ……身も蓋もない言い方ではあるが、自分が『全力』を―――いや、そこまでせずともクロスゲート・パラダイム・システムを駆使しさえすれば、この状況を覆すことは、十分に可能である。 だが、ユーゼスにそれをする気は毛頭なかった。 (―――ハルケギニアの問題は、ハルケギニアの人間が解決するべきだ) 『ただの人間としてのユーゼス・ゴッツォ』としてならば、協力しても良いとは思っている。 だが、自分はウルトラマンのような救世主ではない。彼らとは違うのだ。 たとえ他の星なり異次元なりから侵略者が襲ってきたとしても、超常の力を持つ者は迂闊に他の文明を救済するべきではない……と考えているのである。 また、中途半端に手助けすることによって『依存』が生じ、ハルケギニアの人間の進化が停滞してしまうのも、自分の望むところではない。 ……それでは、まるで自分がハルケギニアの支配者になったようではないか。 今更、そんな俗なことに興味などは湧かないし、救世主呼ばわりされて悦に浸る趣味もない。 昔の自分なら、それを何よりも切望したかもしれないが……そんなことに意味などないと気付いてからは、ウルトラマンに対する憧れも随分と減少してしまった。 自分はどうせなら、『人間』としてこの新たな人生を歩んでいきたいのである。 (……しかし考えてみると、ミス・タバサをアインストから助けたのは早計だったかも知れんな) まあ、さすがに異次元空間に引きずりこまれたのでは、仕方がないような気もするが。 今までもそうだが、今後は余程のことがない限りクロスゲート・パラダイム・システムの使用は極力避けるべきだ、とユーゼスは改めて認識した。 自分自身が慢心しないため、そして何よりも、このハルケギニアのためにも。 (まあ、この場にいる人間が生きようが死のうが、私にとって関わりがあるとも思えんしな……。忘れはせんが、思い出しもせんような連中だ) ―――しかし、やはり根底にあるドライな思考は変わらないようであったが。 そして会場の出口から出ようとすると、ぬっと横からワルドが現れる。 「……何か?」 「君に、言っておかねばならないことがある」 感情を殺した声で、ワルドは告げた。 「明日、僕とルイズはここで結婚式を挙げる」 「…………は?」 珍しく―――ユーゼス・ゴッツォにしては非常に珍しく、間抜けな声が出てしまった。 ユーゼスは気を取り直し、一回だけ額を指で小突いてから、ワルドに質問する。 「……申し訳ありませんが、こんな時に、こんな場所で結婚式を挙げる意味と意図が、全く理解出来ません」 「是非とも僕たちの婚姻の媒酌を、あの勇敢なウェールズ皇太子にお願いしたくなってね。皇太子も、快く引き受けてくれた。決戦の前に、僕たちは式を挙げる」 この男は馬鹿か、とユーゼスは思った。 そんなことをしている余裕があるのなら、一刻も早くトリステインに戻った方がマシなような気がするのだが……。戦場から脱出するのなら、早い方が良いに決まっているのだし。 と言うか、式を挙げるにしても唐突すぎる。婚約者とは言え、再会して3日ほどしか経過していないと言うのに。 何を焦っているのだろうか? 「……はあ、そうですか」 しかし反対する理由などないので、取りあえず生返事を返しておいた。 「君も出席するかね?」 「ええ。御主人様を置いて逃げ出す使い魔は、使い魔ではありませんから」 「そうか。では、僕とルイズの婚姻を祝福してくれたまえよ?」 ユーゼスは曖昧に頷き、そしてワルドは無表情のままで去っていく。 (あの男の様子……どこかで……) ワルドの様子に、妙な既視感を覚えるユーゼス。しかし、それに該当する人物が誰だったのかが、どうしても思い出せなかった。 寝室に行くため、ロウソクの燭台を片手に廊下を歩く。 ―――歩いていると、その途中で窓から月を見て涙を流している少女がいた。 少女は歩いてくる自分に気付くと、慌てたように濡れた目元をぬぐう……が、またすぐに涙が溢れてくる。 「何を泣いている、御主人様」 「……うるさい、わね……」 ぬぐっても無意味だと判断したのか、ただ涙を流れるままにするルイズ。 その手をユーゼスの方に伸ばそうとしていたが、しばし迷った後―――その手を引っ込めた。 (ここでコイツにすがりついたりしたら、何だか……ダメな気がする) 何がダメなのかはよく分からないのだが、とにかく色々なものが崩れてしまいそうな予感がしたのである。 ルイズは油断すれば自分の使い魔へと飛び込んでしまいそうな身体を抑えつつ、少しかすれた声でユーゼスに問いかけた。 「あの人たち……どうして、どうして死を選ぶの? ……分かんないわ、姫さまが逃げてって言ってるのに……、恋人が逃げてって言ってるのに、どうしてウェールズ皇太子は死を選ぶのよ?」 それにユーゼスは、ルイズの予想通りに感情を込めず回答する。 「『守るものがあるから』、だそうだが」 「……何よ、それ? 愛する人より大事なものが、この世にあるって言うの?」 「少なくとも、彼らにはあるのだろう」 人の価値観など、それこそ人それぞれだからな、とユーゼスは言う。 ―――その冷静な口調が、頭に来る。 まるで自分よりこの使い魔の方が、ウェールズのことを理解しているようではないか。 「……わたし、説得する。もう一度、ウェールズさまを説得してみるわ」 「無駄だろう。あの男の意志は固い」 ますますルイズの頭に血が上る。 そして次の一言で、ついに我慢の限界がおとずれた。 「―――敗北の末にあるものを、あの男は知っているのだろう」 「!」 またそれだ。 自分が見た夢、そこに出て来た人物もそんなことを言っていた。 「っ、分かんない、全然分かんないわ!! 負けて、死んで、それで後に何が残るのよ!!? ……いいえ、残される人たちのことなんて、全然考えてないじゃない!! みんな、自分のことだけしか考えてなくって、馬鹿で……!! あれじゃ、姫さま、が……!!」 後半部分はもはや意味が通っていなかったが、言いたいことの概要はユーゼスにも分かった。 「なんで、なんで負けるって、死ぬって分かってるのに……!」 「……そうだな。私も理解が出来ないよ」 実際のところ、『ウェールズの敗北論』と、『トレーズの敗者論』には食い違う点がそれなりにある。 だが、共通している部分も確かにあった。 敗北から、何かを見い出す。 ユーゼスには、理解も共感も同意も出来ない考え方である。 だが、それを尊重することは出来た。 それに、他でもない自分自身も―――イングラム・プリスケンとガイアセイバーズに敗北し、得たものが確かにあったのだから。 「だが、敗北が必定であろうとも、彼らは自分の意志で戦場に立とうとしている。それを曲げることは許されない」 「意志を曲げたって、生きているならそれで……!」 「お前にはないのか? 『死んでも曲げたくない意志』や『信念』が」 「……!!」 「もっとも、私はそんな立派な物を持ち合わせてはいないが……」 いや、昔は持っていたような気もするな……などと自嘲する。 ―――まだ、理想に胸を燃やしていた頃。友と一緒にあの青い星へと降り立ち、その美しい自然を――― 柄にもなく回想などをするユーゼスだったが、先ほどの言葉にルイズも何か感じるものがあったらしく、うつむいてしまった。 そして目を閉じたまま、キュッと唇を結んで沈黙する。 ……しばらく黙ってそのままでいると、ルイズはいきなりハッと気付いたように顔を上げた。 「…………左腕、出して」 「?」 「いいから、早く」 言われるがまま、左腕を出す。 ルイズは軟膏の入った缶と真新しい包帯を取り出すと、ユーゼスの包帯を解き、薬を指ですくって彼の左腕に軟膏を塗っていく。 「……さっき、お城の人に貰ったの。火傷の治療に効く魔法薬ですって。……やっぱり戦争してるんだから、薬だけはいっぱいあるみたいね」 「……………」 ユーゼスは、無言で軟膏を塗られていた。 しかし、明日には結婚式を挙げるというのに、どうにもこんな調子ではサマになるまい。 「あまり落ち込むな、子爵と結婚するのだろう?」 「…………は?」 間抜けな声を出して、ピタリとルイズの手が止まった。 「なに言ってるのアンタ。そりゃあワルドとは婚約者だけど、まだ結婚なんて出来ないでしょう。 ……立派なメイジにはなれてないし、アンタのことだって、屈服させてないんだし……。 ―――もしかして、慰めてくれてるつもり?」 さっきまで泣いていたはずなのに、何だか嬉しそうな顔を見せるルイズ。 「?」 しかし、今度はユーゼスが困惑した。 確かに多少は慰めの意味を込めたつもりだったが、何だか会話がかみ合っていないような気がする。 (……まさか、明日に式を挙げるというのに、相手にそれを伝えていないわけはないだろうし……) 結婚のことはサッパリ分からないが、結婚というものは段階を踏んでいくものだったような気がする。もしかして、自分の知識が間違っているのだろうか? 世間からずっと離れすぎていると、こういう時に不便である。 「……慰めとしては、あんまり良くなかったけど……でも、ありがとう、ユーゼス」 「……ああ」 「もう遅いし、わたしは部屋に行くわ。……それじゃ、お休みなさい」 「明日は早いだろうからな、ゆっくり休んでおけ」 「ええ」 ユーゼスの包帯を巻き終え、廊下を歩いていくルイズ。 この時、ユーゼスは『結婚式があるから明日の朝は早い』というニュアンスで言っていたのだが、ルイズは『アルビオンを脱出するから明日の朝は早い』というニュアンスで聞いていた。 「……?」 何だか妙な違和感を覚えつつ、取りあえず窓から2つの月を眺めてみる。 ―――汚染されていない大気を通して目に映る青い月と赤い月は、美しかった。 前ページ次ページラスボスだった使い魔